また一人、神は死んだ

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 「それでは開廷いたします。被告人、前へ出てください」  傍聴席から、一切の音が消える。咳をする音、椅子を揺らす音。法廷内に静寂が訪れる。  「被告人、宮内勉は和暦栄逢84年3月から同年11月にかけ、宗教法人 ”三徳会” を拠点に、反社会的活動を行い、意図的な不正情報の流布及び破壊活動を行った」  「被告人、あなたには黙秘権があります。脳波収計機での測定や、質問に対する回答を拒む権利を有します。しかし、これからあなたが述べることについては事実を述べてください。意図して虚偽の回答を行った場合、行政法に則った処分が行われます」  「被告人、起訴状の内容に何か述べることはありますか」  宮内と呼ばれた、男が頭を持ち上げる。自信ありげな表情は、とても被告人と呼ばれる男にそぐわない。体つきはがっしりしているが、その自信に満ちた顔つきや、溢れ出るオーラは、まるで一企業の重役にも感じられる。  「ありません」  短く、しかしはっきりと聞き取れる彼の言葉。後に続く弁護人の同調の言葉はか細く、宮内の言葉の強さが強調される。  検察側の証拠調べが弁護側に同意され、要旨が語られた。  つらつらと語られる長い内容を、全員が聞き入っている。ところどころ行われる被告人への質問も全て肯定で返される。今まで出回らなかった事件の真相が語られたのだ。入念な計画性と手際の良さ、集団を纏める力がありありと見えるような事実の数々に感嘆の息を漏らす聴衆も居る。  「次に、証拠番号74番ですが、教団地下施設の見取り図と、内部の映像です。被告人に示して、内容を確認したいのですが。」  「承認致します。被告人は前へ。」  被告人が前に出ると、部屋の半透明3Dモデルが裁判官と被告人の間に映し出される。   「こちらの部屋ですが、電脳機械設備が備わっております。どれも、高度電脳機器保持第4級以上。つまり、職業的使用の認可された場所・使用者で無い限り取り締まられるものです。間違いないですね?」  「間違いありません」  中央に示された3Dモデルがズームしていき、部屋の一角を映し出す。  各色様々な配線が多数の黒い箱と絡み合っている。インターフェイスとなるディスプレイと操作パネルが相対的に非常に小さく見えるが、部屋の様子からかなり大きなものを使用していることがわかる。  「その中でも、北壁中央に置かれている、こちらの設備。こちらは高度電脳機器保持特級レべルの設備ですね?」  「相違ありません」  「被告人及び所属する三徳会メンバーは、これらの設備を使い、主に我が国が保有する独立型中枢執行役電脳に対する破壊行為を行っていました。その記録がこちらのバックグラウンド通信ログです」  「御覧の通り不正なアクセスがずらりと並んでいますが、ここに手掛かりはありません。しかし、それこそが問題なのです!  家宅捜索の結果、こちらの電脳には明らかに中枢執行電脳に侵入したログが残されています。」  ずらっと空中に並べられる無数の英数字。  それらを見て、宮内の口角は自慢げに歪む。  「専門家に入念な調査を求めたところ、直ちに問題のある破壊行為や、改竄行為は認められませんでした  しかし、国民の生命を脅かす非常に危険な行為かつ、このような行動を取る人間を野放しにすることは、つまりテロの黙認と断定できます。かの男には、相応しい処罰が下されることを、全国民が望んでいます!!!」  「規範を超えた発言を控えてください」  「失礼いたしました、裁判長」  「それでは、弁護人の立証です」  「必要ありません」  「では、被告人自己弁論をお願いします」  すくりと立ち上がり、確固たる意志の垣間見える足取りで衆目の中心へ歩く。  傍聴席への華麗なターン。  「私は、取り戻したかった。人類の自由への渇望を!自由への信仰を!」  静寂を貫いていた聴衆から、物音が目立ち始める。椅子のきしむ音、タイピングの音、咳込む音。  「今や我々に自由などない!  安寧と幸福をただ享受するだけの人生に何があるのでしょう!  家畜同然の我々に行き着く先はない! 自らの超克の為、立ち上がるべきなのです!」  傍聴席からは小さく感嘆の声が漏れ始めるが、表情を見るとニヤニヤと笑っているもの、強張った表情をしているもの、睨みつけるもの等、声色の額面以上の感情が渦巻いている。  そんな彼らを見て、宮内の心は少しばかりモーターの回転数を下げたようだ。  「皆様ご存じかと思われます。今まで大きな事件を引き起こし、数々の情報メディアに取り上げられた今となっては、私の経歴などオンライン上の旧式機械同然です。しかし、改めて、私の口から申し上げたい」  「私の父は電脳整備技師です。幼少の頃から様々な知識を教わり、父の職を継ぐ為に育てられました。実際、中学卒業時の電脳整備技師適正はずば抜けていました。  しかし、予備訓練校在校中、私はこの世界の歴史を知った事がきっかけでした。  皆さんが学んだことのあるような、偽物の歴史ではありません。我々は社会に組み込まれる際に都合の良い知識を詰め込まれたに過ぎないのです。我々は様々な意思決定場面において、人間自らが手を下さなければならない前時代、つまり量子工学発展時代について、非常にネガティブに教わってきたはずです。  そこにいる人間たちは能力や出生の如何に問わず、不当に平均的な扱いを受け、自由主義の基に確固たる思想基盤を社会単位で持つことが許されず、不安定で制御不能な経済システムを悪戯に膨張させることを是とした社会です。なんと不幸な社会なのでしょう、と考えている方が大多数だと思います」  「我々が公に教わったことのいくつかは正しいことです。嘘とは、いつも正しいものの中にひっそりと忍ばせているものです。確かに古代の人類の歴史は暗澹たるもので、いくつもの物理的・精神的・経済的な飢餓や闘争が絶えなかったと言います。これは事実でしょう。戦いの中で得られた成果物でのみ生かされるというのは、人類始まって以来、“統制システム”が完成するまでの必然だったのです」  「彼らは自分に必要でない知識や技術を片っ端から習得させられ、適性の高い仕事に就けるものはほんの僅か。その上、大々的な思想統制が歴史的文脈と未成熟な科学技術によって不可能となった時代でもあります。彼らは思想的に是認できない経済的格差の前に団結し、対抗することさえできなかった」  「ここまでは皆さんの知っている通りです。ですが考えてみてください。本当にこの時代、全ての人々が不幸であったかを。彼らにとって、飢餓とは命に別状のない形の飢餓です。  通常教わりませんが、第二次世界大戦以降、世界各地で命に係わる飢餓に認定された人口は急激な減少傾向を見せていました。当然、我々の国では猶更です。  その上、彼らの《仕事》とは、報酬を受け取ることができたのです!  彼らは生活をするのに手一杯だったと認識を受けがちですが、実際は様々な娯楽に費やす余裕があったのです。与えられたものを只貪るだけの我々よりもよっぽど、人生を楽しんでいた可能性だってあるわけです」  「そして、私が疑問を持つきっかけとなった書物がこれです。《近世哲学史》。最初読んだとき、私はこの書物が何について記されているのかすら判りませんでした。説明しましょう。これは、自らの生に対しての理由付けが曖昧だった時代から続く、自分と、この世界の捉え方を研究する、その歴史を記した書物なのです!  幾度となく読み、またこの本の書かれた時代の本当の歴史を学ぶとともに、少しずつ作者や取り上げられた哲学者と呼ばれる研究者の記述内容を理解できるようになっていきました」  「そして思い知ったのです。現代のなんと空虚なことか!  我々は皆、適正と地位、潜在能力を的確に数値化できる“統制システム”によって生活基盤から、生きる意味そのものを得ています。最早、その事実についても皆さん無自覚的でしょう  しかし、我々は以下にこの“統制システム”が完璧な社会統治の枠組みに見えたとしても、そこで止まってはならないのです。 我々はここで再び、自分の生きている理由、この世界の意義について問わなければならない!」  「私は中学卒業時、既に嫌というほど電脳の知識を得ていましたが、思ったのです。所詮、これは人間社会を統治するための枠組みでしかないと! そう、我々は個々人の生活、社会の営みを、電脳に委託することで平穏な世界を作り上げています。その事実について、批判の余地はありません。  しかし、思想までも売り渡すべきではない!   平穏で豊かな生活が行えるからこそ、考え続けるべきなのです。  そう考えた私は予備訓練校へ行く傍ら、電脳に依存しきったこの世界に対してクエスチョンを投げかけることができないか、ずっと考えていました」  「そうして集まった仲間が三徳会メンバーです。彼らは技術はもちろん、私の意見に賛同してくれた優秀な革命軍です。  集団になったことで、私のプランは実行に移すことができました。  まず行ったのが、食糧プラントの一時停止です。  我々のモットーはあくまで問題提起なので、犠牲者、ましてや死人など出ては、反感をもらうだけで、皆様に考えていただくという趣旨からずれてしまいます。そこで、食糧プラントの不安定な稼働状況が情報メディアに載るよう仕向け、最低限消費に問題のない食料が作れるぎりぎりのラインまで生産を低下させることとしました。  皆様もご存じの通り、これは大成功に終わり、情報メディアでは電脳による“統制システム”について疑問を投げかける声も少なくありませんでした」  「さらに数々の活動を重ねていたことは説明を省きましょう。最終的に、先ほど検察官から説明のあった独立型中枢執行役電脳へのアクセスを試みました。  “統制システム”の根幹を成すこの電脳は、精鋭揃いの我々であっても全く歯が立ちません。量子工学発展時代のコンピュータは、こうした外部からの攻撃に弱いので、旧式の物を使っている施設は容易に突破することができましたが、ここは無理であると判断したのです。それからすぐ、捜査の手が、特定の拠点を持たなかった我々に追いつきました。独立型中枢執行役電脳にアクセスするための設備を整える作業は大掛かりで、すぐに足がつくことがわかっていたので短期戦覚悟だったのです」  「しかし、今となってはその必要もなかったかと思います。実際、世論としては、電脳に頼りきりで人間がほとんど社会の維持に対して何もしていないという事実にようやく気付き始め、危機感を持ってきたところでした。  これまでの私の話を聞いて、思い直した方もいらっしゃるのではないでしょうか。渋い顔で考えてらっしゃる方々が何名か居る、というのがここに立つ私のせめてもの救いであります。  食料難、停電騒ぎ、意味のない居住区画工事の乱立や、回線遮断。様々な形で皆様にご迷惑をかけたこの身の処分について、今更酌量を求めるのはお門違いでしょう。しかし、この裁判自体も電脳によってコントロールされた行政システムに成り下がっています。弁護側に発言力はなく、9割9分の裁判は手順を踏んだだけの茶番です。  もし、私の発言に感化されたのなら、電脳の言い分に意義を申し立ててください!  それが我々、人類の第一歩となるのです。  以上です」  傍聴席は静かだった。  「では判決を言い渡します。被告人の行った行為は準テロ行為にあたります。しかし、そのカリスマ性と思考力、鎮静の聞かない闘争心は我々に利する財産と考えます。よって我々“統制システム”は、被告人を【破壊と再生】に処すことを決定いたしました」  「この判決に意義のあるメディア関係者及び抽選によって選ばれた傍聴者ものは、挙手をお願いいたします。“統制システム”は学習プログラムと文化変化の時間的齟齬を調整するため、抽選で集まった方々の意見を参照致します」  宮内が振り向く。  手を挙げている者はいなかった。  誰もが、彼を冷ややかな目で見ていたのだ。育まれた安寧に、彼らの闘争心は埋もれている。宮内は俯き、何かを考えているようだった。  裁判は閉廷され、彼はそのまま裁判所内の剥奪室へと連行されて行った。 
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