真夏の雫

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 うだるような暑さが続く8月の東京。太陽から繰り出される真夏の光線を、向日葵は水でも飲むかのように全身に吸収し、エネルギーに変換させているように見えた。 「夏美ちゃんは暑い日が続くのに、よくジョギングなんかできるよね」 「えー、そうかな。誰でもできるよ。慣れだね」 「いや、すごいよ。俺に無理だ」  大学生の2年生の秋吾はコンビニのバイトを終えると付き合って3カ月になる夏美の家に遊びに来ていた。本来、その日にバイトはやらないのだが、夏季休暇で田舎に帰省する人が多く、少し前に店長からシフトの打診がきていた。  5月のゴールデンウイークに秋吾と夏美はそれぞれ里帰りをしたので、二人とも夏休みは帰省しないという予定だった。そのため、お互いの都合がつけば、こうやって会って愛を育んでいた。 「夏美ちゃんって健康志向だよね。水も毎日飲んでるしさ」 「実はモデルみたいになりたいと思って、お水飲んだり、ジョギングしたりしているんだ」 「なるほどね、そうだったんだ」  二人で和やかに会話を楽しんでいると、棚の上に観葉植物が置いてあることに秋吾は気がついた。 「あれ、植物買ったんだ?」 「うん、この間、ホームセンターで買ってきたんだ」 「世話するの大変じゃないの?」  そういってから、秋吾ははっとなった。なぜ、否定から入るのだろうと。しかし、夏美はそんな秋吾のことを気にする様子はなく、 「私、植物を育てたことあまりないから分からない。だけど、ネットでいろいろ調べたところ、このサンスベリアは初心者に育てやすいみたい。だから買ってきたの。丈夫で土が渇いたら、水をあげるだけでいいらしいよ」  といい、一所懸命調べたことを素敵な彼氏に知ってほしいのか、楽しそうに元気溌剌な声で説明した。嫌味を悟られなかった秋吾は、その声に呼応するかのように返事をした。 「植物は二酸化炭素を吸って、酸素を出すから部屋がきれいになっていいかもね」 「そうなの! 空気の浄化作用ね。それに、こうやって、緑を見ているだけ心が安らぐの」  夏美は棚においてあるサンスベリアを受け皿ごと持つと、テーブルの上にそれを置き、緑の植物の目の前に顔を近づけた。すると、血色の良い可愛らしい彼女に笑顔が咲いた。 「大分、気に入っているね」 「うん、買ってからずっと犬にでも愛情を注ぐかのように接しているの」 「動物も植物も同じ生き物だからね。愛情を注いだ分、元気に育つと思うよ。夏美ちゃん、元気な娘さんだからそのパワーをもらえるサンスベリアは安泰だね」 「元気!? ちょっと、なにそれ!? 聞き捨てなりませんな」  言葉とは裏腹に、夏美は相変わらず明るい陽光を照らしていた。 「グゥー」  突然、夏美の腹のベルが鳴った。 「ごめん、お腹鳴らして。お腹減ったな」 といいながら、時計を見ると時刻は夕方の5時半を示していた。 「私、スーパーに夕飯の買い物に行って来るね」 「それじゃ、俺も行くよ。荷物重いでしょ?」 「えっ、別にいいよ。秋吾君、バイト終わりで疲れていると思うし。それに荷物重くても、それはそれで筋トレになるからいいんだ」  頼もしい限りである。だが、秋吾も食い下がった。 「そんなに疲れていないから大丈夫だよ。一緒に行くよ」 「えっ、そう? でもなあ……」  秋吾は夏美の顔を見ると、少し困ったように見えたので察した。この顔は以前、サプライズをしてくれた際にバレそうになった顔だ。恐らく、今回も夕食が何かを伝えずに、驚かすつもりなのだろう。彼女がサプライズで夕食を作るということは、買い出しのため俺は彼女の部屋に一人でいることになるだろう。付き合って3カ月の男を家の中で一人にさせようと思うのは信頼されているのか──。はたまた、夏美の警戒心が乏しいのか。 「分かったよ。確かに、今日は重い荷物持ったし、面倒なお客さんの対応とかもしたから、少し疲労が溜まっているかも。お気遣いありがとうね」  秋吾がバレないようにいうと、夏美は再び元の笑顔に戻りエコバッグをポーチに忍ばせて部屋を出て行った。
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