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ぷろろーぐ ふくしゅー
私は、努力をしなくてはならない。
生まれたものには、責任が宿る。それは豊かなものほど多くの責任があり、豊かなものほど努力を重ねなければならない。
これが我が家の家訓です。
わが家のご先祖、アーカイブ2世は、隣国のエルギスという大国から、数々の冒険譚を経てこの地へとやってきました。彼は勇敢な剣士であり、魔法使いでもありました。
大国から持ち込んだ鉱物を売買し。多額の利益を得て名をいただいたのが、このアーカイブ家です。姓名を名乗ることが一般的でないこの国では、伯爵の称号無くしては名乗れないのですが。我がご先祖は、戦や大戦の功績ではなく、商いで家の名を繋いだのです。
父曰く、これが私が守らなければならない成果。今まで代々受け継いできた、私たちの魂のようなものだそうです。剣は守るための象徴。力ではなく、心で守る。
だから、私の生活は、剣の鍛錬から始まります。
師範代と呼ばれる方から、剣の型を教わります。木刀で習うのは我が家に代々伝わる”型”。剣を体の一部のように操り、太刀筋を流水のように流し。一線を切る。心を燃やすほど出てくる魔力を、燃やしながら、冷静に受け流す。
達人になれば、竜さえ仕留められるだろうと言われている型です。魔法のような、去れども剣術の一部であるそれは、一子相伝の型なのです。
一子相伝であるために。実は、師範代というのは私のお父さんの事です。私は一時間にも満たないこの時間を、あまり話すことにないお父さんの会話の場所にしているのも少し秘密です。
その日も、私は剣を振るいます。
熱と氷を同時に持ち続ける。
端的に言えば、私たちの奥義というのはその直線状にあるモノだそうです。ただ振るうのではなく、心の熱を燃やし、頭を冷静に保つ。矛盾しているこの両者を引き留め、最適な個所を狙いきり、流す。逆らわず、焦らず。無我の境地でもなく、熱をこもらせつづけるわけでもない。…私は剣を抜きました。
それは常人ならぬ速さで空を切ります。
風圧で草木が飛び、風が袖を棚引かせました。剣を鞘から引き抜く。抜刀からの高速剣術。風圧は風の刃となって野原を駆け抜け、傷だらけの杉の木に当たります。
しかし、それは木を少し揺らす程度でした。やはり未熟な私には、傷ひとつつけることもできません。お父さんと比べればまだまだです。
私は、自分に何の才能がないことを知っています。私には、人を守るために使うことができる物がありません。だから私は剣を振るうことしか出来ないのです。
魔法を学ばないのもそのためです。剣よりもできることがあるはずの魔法を私は全く使えません。学ばないのではありません。学んだ上で使えないのです。
「ふぅ。」
ため息を吐きました。
目標は遠い癖に、具体的じゃあありません。
私がなりたい強い人には、なれるのでしょうか?そんな疑問ばかりが浮かびます。練習になりそうにありません。
私は、意味もなく地面に倒れました。
「今日も居残りか?」
「……自主トレーニングです。」
私は、体を起こしません。
声のする方を睨むようにして見ますと、胡坐をかいた青年が無邪気そうな顔を見せました。他の人は怖いと言いますが、その表情は子供のようです。
アーカイブ家の執事。とはいっても、執事らしい仕事をしたことはない彼は、私のボディーガードを務める不思議な人です。珍しい黒髪で、片方の頬に大きな傷跡が目立つ彼は、昔から私の兄のような存在でした。
彼の主な仕事は、この国の軍隊で働く軍人なのですが、仕事がないとき。休みがないときは、こうして私のもとに来るのです。ボディーガードというよりは遊び相手でしょうね。
彼は誰よりも強く。そして、ヒーローなのです。
「毎日懲りずにやるもんだ。……諦めの悪さだけは一人前だな。」
「そんな事は無いです。私だってたくさん練習しています。修業を積めば積むほど私は強くなれるんです。」
「強くなっているようには見えないが?」
「強くなっていますよ。昨日よりも、一昨日よりも。兄さまとは違うんです。」
「…お前はバカだな。」
「何が馬鹿ですか。いつか、私は兄さまを超えた剣士になります。そしたら、兄さまが私にバカにされるんです。」
「お前は弱いモノを助けるために剣を振るんだろ?」
「ええ、そうです。ですが、バカにしている兄さまを見返すためにも剣を振るうのです。」
兄さまは、何時も戦争の服装を崩しません。
平和な時であっても。どんな時でも。彼はいつも防弾チョッキと呼ばれる服を身に着けています。懐には短剣と、ジュウと呼ばれる黒い何かを忍ばせています。これは何かと兄さまに聞くと、彼はいつも、人を殺す道具だと教えてくれます。……私は何時も、その先が聞けません。
その服装は、他の兵隊と違うのが分かります。様々なポーチが所々に置かれるそれは、兄さまと兄さまの友達しか持っていない特別な軍服だそうです。
「レミィ。お前は弱いぜ。」
「今はまだです。私だって強くなります。」
「いつも言ってんだろ。お前は強くなる必要なんかねえんだよ。お前よりも強い奴はゴロゴロいて、弱いモノはそいつ等が勝手にやっている。お前はお嬢様らしくお淑やかにしていろ。」
「…………お嬢様だから。……もっと頑張らなきゃあいけないんじゃあないですか。」
兄さまは舌打ちをすると、愛用の短剣を投擲します。
それは一直線上に、傷ついた木へと向かい突き刺さります。
兄さまが言うには、これくらい誰でもできるそうですが、少なくとも私にはできません。
大きく体動し、深く突き刺さったのか、地面に落ちる事はありませんでした。
「兄さま。私も、兄さまと同じところに行きたいです。」
「……お前が思っている場所じゃあないって言っているだろ。」
「お父さんだって、じいだって行っていたと聞いています。」
この国が中心となって設立された軍事機関。
大国同士の抑圧に対抗するための、各国から選ばれた魔法使いや騎士だけが所属する”オリストリア大陸連盟”。その機関は、大国から国々を守るための最強の軍隊であり、救世主と呼ばれるほど、人徳と技量の高いメンバーで構成されております。
私の兄さまは、その中でも一目を置かれる存在です。
あまり口がいいとは言えませんが、それでも誰よりも優しくて、私のようなお嬢様に対しても自分を曲げる事はしません。彼は、誰の上でも彼なのです。
「……。」
「私は、兄さまも助けたいんです。」
「おバカちゃんが……。それじゃあ一生経っても無理だな。お前は、一生この木を倒すことを生きがいとしてろ。」
兄さまは何か言葉を吐きます。
それは呪文のように見えますが、兄さま曰く呪文とは違うモノだそうです。魔法を使ったものではあるのですが、兄さまは私と同じように、魔法が全然使えません。だから、魔法が使えない兄さまの為に、魔法を編み込んだ道具がそれなのです。
戻れ。最後に兄さまが言うと、短剣は目に負えないような速さで兄さまの手に渡りました。苦言も呈さず体の軸さえ動かさずに、兄さまはそれを簡単に手に取り。そして、元の鞘に納めます。
「……兄さま。」
「ん?」
「兄さまの休みはいつまで続くのですか?」
「さあな。上の連中が何を考えているかわかんねえ以上。具体的なことは言えねえが。………ま、最近の世界情勢は落ち着いているらしいし。……もう少しぐらい休めるんじゃあねえか?」
「この前、戦争があったと聞きました。」
「戦争じゃあねえ。紛争だ。水源をめぐっての小競り合いに過ぎねえ。下手な大国が代理戦争繰り返している大きな火薬庫ほどではないからな。…この程度は平和ってもんだ。」
「でも、人は死んだんですよね。」
「戦争だからな。……だからお前には向いていないだろ?人が何百人死ぬことを気にしていちゃあ、ゴミ虫みてえに殺せねえよ。」
優しい兄さまは、いつも汚い言葉で返します。
人をゴミ虫だなんて言わせたくはないのですが、私はどうすればいいのか分かりません。悔しいのですがそれを言うことは出来ませんでした。兄さまは、いつも私が見ていない景色を見ています。私は、兄さまが見ている景色を否定したいのです。
ゴミだなんて言わせたくないのです。
だけど、何をすればいいのか分かりません。ですから、私は救う事を目標にするのです。
「わたしが頑張れば、何人かを救えます。」
「どうやってだ?」
「……頑張ります。」
「頑張るだけじゃあどうにもならねえな……。」
兄さまは聞き分けのない私を笑って、頭を撫でます。
その時、兄さまはおもむろに耳に手を当てました。休養中ではありますが、兄さまは兵隊です。とつぜん呼ばれることもあり、その場合は大抵が耳に着けてある”いやほん”なるカラクリが教えてくれるのです。
冗談交じりの顔が、仕事の顔に戻ります。その顔は、少し怖い顔つきになります。
「こちら”ラビットシーカー”。絶賛休養中だ。……どうした?」
相手は、兄さまと同じ部隊に人のようです。
兄さま曰く。頭はキレるものの、性格が兄さまと同じくらい悪い人だそうです。私は直接会ったことはありません。ですが、兄さまにとっては友達のような人のようです。
「………指令209了解。そちらには約八時間程度かかるが?………迎え?誰が……。…あー、なる。了解。訂正する。それなら一時間程度でそちらに着ける。」
「……お仕事ですか?」
耳を抑えながら兄さまは、ハンドジェスチャーで仕事であることを伝えます。
「これよりポイントに向かう。ラビットシーカー、アウト。」
「………どうしたんですか?」
「悪い奴が悪い事をしているらしい。……んじゃ、懲らしめてくるわ。」
「気を付けてくださいね。」
「ああ。片手間で済ませてくる。」
兄さまはそう言うと、緊張感のない声で手を振りました。
私は手を振り返し、木刀を拾う事にします。もう少しだけ、練習をしなければならないと思いました。もう少しだけ強くならなきゃいけません。私は何をすればいいのか分かりません。ですが、何かをしなければどうにもならない事を分かっているからです。
私は、その少し大きな背中を見送り、剣を振るのでした。
その日の夜は、何時にもまして静寂を極めていました。
考える事が多い夜は、眠ることが難しいです。私は何時ものように日記をつけて、ベットに横になったのですが、なかなか眠気がやってこず、眠る事が出来ませんでした。
目をつぶりながら、数を数えていれば。……と試してみたものの、どうやら今のワタシには難しいようで、どうしても寝ることは出来ません。
時間だけが刻々と過ぎていきます。
このままではどうしようもなかったので、私は自室を出て、リビングに向かう事にしました。そこには毎晩冷たい水がバケツ一杯置かれていて、多少なりとものどの渇きを潤せます。
喉が渇いていたわけではないのですが、私の考えを覚ますのには十分だと幼心で考えていました。
あまりにも静かな廊下を出て、ダイニングルームのドアに手をかけた時です。
何かが動くような気配がしました。
ダイニングの向こうに、誰かがいるようでした。それは直感のようなものでもあり、気のせいに感じるほど小さな音がした。というのもあります。薄暗い廊下を歩いて、私はあまりに臆病でした。私は誰かいるのか?と思い、少し警戒をして扉を慎重に空けます。
使用人の人たちは寝ているはずです。他には家の警備を任されている人も数人いますが、そう言えば、その人たちに合っていません。普段巡回をしない場合は、使用人室にいるというのに、その使用人室には誰もいませんでした。
私の鼓動だけが高くなります。
「…。」
無言で開けると、そこには誰もいませんでした。広いダイニングには、テーブルとたくさんの椅子だけが並べられています。部屋全体を見ることは出来ません。。
私は、少し警戒をして、部屋の中に足を踏み入れようとしました。
そして、ある違和感に気づいたのです。
ダイニングには、二つの大きな柱があります。
それは入口より少し離れた位置にあるのですが、その前方から鉄の匂いが鼻をくすぐっていたのです。それはあまりにかいだことがない匂いで、私は思わず鼻を押さえました。もう少し先へ行くと、今度はその柱が見えて、その周りに、誰かが横になっているのが見えます。
いいえ。誰かではありません。それらは複数人いました。
それらは柱の周りを囲むようにして放置されていました。そしてそれらは、よく見覚えのある人たちでした。……その人たちは、私の家で働いている人です。……そしてその中には……。
「あ………。」
辺り一面に赤い海が広がっています。所々、知っている人たちの欠けた部分が見られます。
私は声を出せなくなって、その光景に、思わず座ってしまいました。
「…お父さん……?」
私は声をかすれながら、それでも、確かめようと前に進もうとしました。
確認するために触れようとしました。……触れようとしたのです。
「こちら”ラビットシーカー”。お掃除は終わった。館の人間はすべてダウン。妻女も含めてだ。」
その聲に、聞き覚えがありました。
「ああ、ぐっすり眠っている。お姫様もな。これより帰投する。アウト。」
その聲は、今の状況で一番聞きたくない声です。
「……よお。お姫様。現実に冷めたか?」
その聲は、何時もの声でそう言うのでした。
「………兄さま?」
「悪者退治は完了だ。」
兄さまはいつものように私を撫でました。
ずっと離れないあの匂いがします。
兄さまは優しく、おびえた私に対して。
その顔は、何時ものような顔で。
恐怖とも何とも言えない震えが続いています。
そんな私は、首のあたりに何かを差されたのだけが分かりました。
徐々に暗転していく視界と、地面に落ちたランタンの音が朧気に。
私はゆっくりと倒れました。
「……やっぱ思いつかねえわ。」
その聲だけが、はっきりと聞こえました。
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