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数万人の観客を収容できるアリーナの観覧席は、五十人に満たない来賓と、生徒によって占められていた。このアリーナは、訓練用の施設だ。外壁に囲まれ、観客席の内側では岩場や木などが置かれており、森林地帯と岩場。二つのステージに分けられている。
ごつごつとした岩場では、射線が遮れるところが意外にも少なく、足元も悪い。散乱している石などに足元をすくわれることが多々あり、慎重な行動が求められる。もう一つの特徴としては、中心にある大きな岩場。そこは比較的上りにくい地形となっているが、支援型の術者としては、高所をとることが術者としての基本であるため、出来る限り高い所を取りたい。
逆に、森林地帯では、草木のほかにわざと置かれた倒木が多々ある。また、岩場のステージとは違い、射線から遮るものが多々ある。森林はもちろん、この地帯では大小さまざまな小屋が置かれている。待ち伏せをするのにも適したステージだ。
教官の一人が、アリーナに備え付けてある個室に誘導。
その場所は、一般客でも立ち入れる個室。防刃ガラスに囲まれたもので、どのような攻撃がそらされようともこちらに来る事は無い。何より、暗い壁に覆われているフィールド内を唯一肉眼で確認できるところだ。バトルフィールドを覆う鉄の壁は、ドーム状になっている。あらゆる魔術攻撃、対物攻撃が無効化され、壊れる事は無い。
「総員、休め!」
「はっ!」
「メルトマップで状況を把握せよ。術式2_303。」
メルトマップとは、技術班が最近開発した新しい地図。既存の地図と似ているが、その形状は巻物であり、自身の最大半径一キロの地形を認識して、自動的に更新する。また、訓練用のメルトマップは、訓練用のメルトマップ所有者の位置情報を常に認識するという能力を持つ。これをもって、アリーナの状況を観覧出来るという事だ。
私は、体中に流れるエーテル器官を認識し、地図に触れる。厳密では魔法ではないその巻物は、しかして、魔法や型を使うように使用する。体中を流れる魔法の元を認識し、魔法のように言葉を吐く。アリーナでの戦闘訓練時には、視聴するものはこれを用いて使用する。
「地点ニ3487をマーク。それが諸君らの敵だ。続いて、地点ニ3455付近にいる五名をマーク。今回の試合では、連絡ツールを使用することは許されない。よってこの場での視聴のみとする。……あと、この場所なら肉眼でも見れるだろう。……中隊長クラスの戦闘だ。目に焼き付けろ。」
「はっ!!!」
「総員、最寄りの椅子に座れ。試合開始まであと五分だ。」
敬礼をし、彼は踵を返して目の前の椅子に座る。
試合が始まったのは、その後すぐの事だ。
耳元の簡易無線から不意に音声が流れる。
「”さーあ!始まりました!!第五特殊中隊、ラビットシーカー中尉対訓練生諸君のドリームデスマッチ!!!マップは森林地帯!!こちらは不定期放送部!!メンデル訓練生がお送りします!!!”」
「………おい。……メンデル・アルゼンはどこだ?」
メンデルと仲の良い、真面目な同学生が指をさして答える。
彼が指さしたのは私たちの正面。ⅤⅠPの席だ。同じように防刃ガラスで覆われているが、あちらの方が状況が分かりやすい。……神出鬼没が代名詞の不定期放送部。教官たちに気づかせないように立ち回る姿はさすがといったところか?
「あちらで放送をしております。」
「……あのバカ。諸君らはここにいろ。ネイチャー頼む。あいつを退去させてくる。」
怒りというか、諦めの表情を浮かばせた教官は、他の教官に指示を飛ばしてその場を去った。
そんな事も知らずか、放送を続ける彼は試合開始の合図とともに展開される訓練生の解説に入る。彼はたびたびこのような違反をしており、訓練生の間ではとても有名な一人である。私はその相方である赤紙の青年、メル・ライアの肩を叩いた。
「メル。」
「なに?」
「あれって、選抜されたインカムも対象?」
「ああ。あの五人の魔法学周波数とは違う。対象外。」
「……卒業生が一人減らなくてよかったね。」
「……まあ、ギリギリであることには変わりないけど。」
彼は成績は優秀なものの、時折不定期放送部なる放送を、訓練生のインカムにて行う。今回は、彼の放送を見越して、教官が察知したといったところ。普段、訓練生専用内線でおこなわれるが、どうやら教官もその内線に組み込んでいたようだ。
厳重注意。……正規になってからの減俸。そんな事をして何がうれしいのか分からないが、彼にとって自身の代名詞がそれらしい。
「”訓練生諸君は一体感のある……いや、違います!一名が突貫!接敵はまだですが、APPLE カナリア・ショウが突貫しております!!早い早い!!さすがは総合成績一!!自身一人で十分であるという自信がここまで響いてくるようです!!!その他のチームメイトは、彼を追う形でついていますが…、……これは索敵が甘いんじゃあないでしょうか?」
「確かに甘いね。……まあ、あいつならそうすると思ったけどさ。」
「カナリア。……聞いたことがないけど。」
「うちの主力。……聞いたことない?体育祭とかで君と戦った男だよ。」
「………ごめん。名前覚えていない。」
記憶にない。
他クラスとはあまり交流がないわけじゃあないけど、一年間を投資て名前を聞いたことがない。…という事はたぶんないはずだ。しかも、彼曰くとても有名人らしい。姿は分かっても、名前だけが思い出せないというパターンだろう。
「成績総合一位。歴代で一番強い男。流水を信条とする君の剣に、初めて勝った男。」
「……ああ。」
「思い出した?」
「自信過剰の。」
「………どんな思い出し方?」
「私は、あんまり好きじゃないな。」
「ま、そうだね。僕もアイツもアイツは嫌いだけどね。ま、他の人たちには多少人気があるひとかな?彼は強いし頭もいい。……彼が中尉を倒してくれて、僕らの評価が上がってくれるなら文句はないんだけどね。…それどころか、心を変えてもいい。」
「現金ね。」
「そりゃあ現金だよ。っと、もうじき接敵のようだよ?」
彼は目を凝らす。
彼の目は、世界に百人いるかと言われるほど希少な目。物体を思い通りに透視し、形状を把握し、現在進行形で何が起きているかを、正確に見せる。彼は誰よりも正確にものが見える。かれも偵察隊が適任とされていたが、彼は中央統制に配属を希望したようだ。ワタシは目がいい方だが、さすがに森林の中で繰り広げられている闘いを中止できるほど特殊な目を持っているわけじゃあない。時折、そのような影が見え隠れするのが見える程度だ。
「見える?武装は?」
「うん。中尉は林の真ん中で立っている。直立不動って感じ。見た感じ何も持っていない。カナリアは大型ナイフ。模擬用の奴だから実際には切れないけど、普通に受けると痛い。」
「………ん。まあ、そうだよね。」
「何が?」
「中尉は格闘戦が得意。というか、私と同じでそれしかできない。」
「中尉を知っているの?」
「まあね。」
「……深くは聞かないけどさ。」
「深い話でもないよ。別に。」
私は言葉を濁し、マップを見る。
紅いマーカの一点が、先行をしている青点にぶつかるところだった。森林地帯は上からの視聴は難しい。兄さまがいる地点らしいところは把握しているものの、こちらからでは確認できない。
「”おっと!!!そのまま襲い掛かる!!!中尉殿は先ほどからリラックスしている状況で、一歩も動く様相はない!!!一点集中のカナリア・ショウ!!!!中尉に対してナイフを振り上げた!!!”」
訓練用のそれとは言っても、木刀よりも軽く振りやすさに特化した大型ナイフ。近距離接敵を得意としている相手だとしたら、属性としては兄と同じで格闘戦に強いのは目に見えている。格闘戦で大切なのはリーチとスピード。そして力。他にも様々な要素はあるけど、ナイフを持った相手に素手は難しい。
「”避ける!!!最初の一撃、中尉は華麗に上半身をそらし、バックステップだ!!!とてもいい反応です!!!それに対してカナリア・ショウ!!!猛攻を続ける!!右、左と剣先を見せない突きを見せる!!!!だが、中尉には届かない!!よけるよける!!!”」
「彼が持っている装備はそれだけ?」
「いや、彼は……。」
「っとここで!!カナリア・ショウが距離をとる?!!これは、あれが出るのか?!!」
あれ?
ここからでは何をしているのかよく見えない。
少し空いた木々の隙間から、カナリアが何かをしようとしている事は分かる。兄の様子は見えないが、実況を聞く限りでは無事なようだ。
「カナリヤはね、前線向きだけど、違うのさ。」
「……何が?」
「彼は、テイマーだ。」
その時、地鳴りがした。
その音は揺れとともに大きく鳴り、一瞬、強烈な光を射す。それは周囲の森林を文字通り焼く。ごうごうと燃える森林は、その光の収縮した方に寄りその火を献上しその中心にたたずむ何者かを見せる。
それは、例えるなら、火そのものであった
「”出ました!!!神話生物!!いや、あれは神なのか?!!!神なのか!!!!今日も素晴らしい光沢に彩られた、眩いばかりの神鳥が降臨しております!!!”」
「……何あれ?」
「神話級の生き物。イフリート。本当は火を操る神様なんだけどね。彼のあれは違う。彼のあれは、どちらかというと雷だ。」
「雷?」
「体育祭ぐらいしか会っていないだろ?彼と。彼のイフリートは、雷を操る神様だ。生物じゃあない。概念そのものの召還者。」
「……神様は召喚できない。」
「そうだけどね。彼のあれはどう見ても憑依とは違うだろ?どう見ても従えている。だからこそ彼はトリプルSの評価をもらっている。」
イフリート。
その名前は確かに神様であり、火を吸収する今の様相を見て、ただものではない生物である事は分かる。実際、それが出た瞬間、周りが一層騒がしくなり席を立つものも出るくらいだった。円形に燃え広がった地点に、それぞれの者がエールを送る。
「素手に対して、それはいかがなもんかと思うけどね。彼の召還したあれは、正真正銘、人に向けるような兵器じゃあない。……中尉死ぬかも。」
「……そうかな?」
「どうしても神様だと思えない?」
「確かに可愛いって思うけどね。多分、あの生き物は強いのは分かる。でも、兄さまが負けるとは思えない。」
「……兄さま?」
「…………なんでもないいまのはわすれろ。」
私もその中心を注視する。
最初に動いたのは、……兄の方だ。
広範囲に飛び散った日だが、なぜか兄さまは火を浴びずに平然と立ち、そして、右手を上にあげて、何か言葉を話した。
「…見つけた?くそ野郎?」
「そう言ってる?」
「ん。」
「”ここで中尉殿!!!何か言葉を話しております!!!なんだあの指は?!!!何かの意味でしょうか?右手の中指だけを空に掲げます!!!そして動いた!!!”」
地面をけり込むと、兄はカナリヤに突っ込む。戦術も何もない。ただの特攻行為。もちろんまっすぐに向かう兄さまに対して、カナリアはイフリートに攻撃命令を出した。それは最速。電撃の柱。壁のように兄を包んだ。
「クリーンヒット!!!中尉殿はもろに食らってしまう!!!あれでは生きてることも難しいんじゃあないか?!!!!カナリア・ショウ!!!やってしまったかぁ?!!」
電撃は木々をなぎ倒し、壁に当たり霧散する。
然し、一層見晴らしの良くなったフィールドに対して、ドーム型の壁はその電撃を受け切ったようだ
ただ、所々黒ずんでいて、無事であるとは言えない。雷撃が通った後は、焼け野原と言っていいほどに荒んでいる。焦土と化したとはこの事だ。
人見向けるものではない砲撃は、人体を細かく分解して黒墨にしただろう。生きているかどうかではなく、形が残っているかどうか怪しい一撃。
「勝負あったね。……っていうか、中尉も武器の一本持たないと。…僕たち。というか、彼を舐めすぎたみたいだ。」
「…そうかな?」
「………あれを食らって生きているって?」
「………私の父さんと家族殺した犯人が、”彼”って言ったら……信じる?」
「君のお父さんの話。本当の話だったの?」
「だから、本当の話。」
「………だからと言って、あれで生きている?」
そう、普通なら生きていない。
だが、彼はあの時武器を使わないとだけ言い、文字通り武器を使用せずに戦っていたようだ。その武器が使う予定もなく、何処かに放置されているだけだとしたら。……武器として使う予定はなく、別な目的として使うのなら。
「彼は、ダガー使い。近距離戦闘型。そして、そのダガーは魔法道具。」
「……効果は?」
「メルヘン型78…………瞬間移動。」
武器に詳しい彼の顔が曇る。
メルヘン・ランデアスが制作した八十の短剣。その全部が国宝級の扱いを受け、七十番以降に作成された短剣は、世界で類を見ない高性能なナイフ。七十番台は、すべて高名な魔術師の刻印がなされている。一般人でも、それを手に入れれば高名になれるだろうと言われている。それほどまでに、そのナイフは希少で力の象徴だ。
「瞬間移動ね。って、…それ。妖精の祝福を受けたってやつじゃあなかったっけ?」
「うん。…ドワーフ職人が制作した超一流のナイフ。何時も雑に置くけど、彼の言葉で作用し、いつでも自分のもとに吸い込ませる。そして、一番の特徴はそれを起点とした瞬間移動。」
「”メルヘンの作品”か。しかも、晩年の七十型。超超高級品じゃん。………つか、そして祝福の加護アリって。……どんなナイフだよ。」
武器マニアの彼が頭を抱えるレベルの高級品。
彼が兄のナイフに対する扱いを見れば激高するだろう。それに、そのナイフは彼の奥方のエルフが、最後の祝福を授けた最高のナイフだ。
「………ねえ、メル。先生の注意ひいてくれる?」
「どうして?」
「あのままだったら、多分カナリアが死んじゃう。」
「……どういう事?」
私は、つぶれた勇者を思い出す。
私の目の前で、私を狙おうとしていたものは彼の圧倒的な力によりバラバラにされた。
私の家族は、彼のせいでバラバラになった。私は、指をくわえ、見続けるためにここに入隊したわけじゃあない。私は、止めるために入隊したのだ。
私の思いはそこに尽きる。そして、もう一つ
「さっきから、なんで他の分隊合流していないの?」
「…………確かに、他のメンバーが見当たらない。」
「そして、校長は観客席にいるのに、もう一人。ノイズリーダーっていう人が居ない。」
「……どういう事?そのノイズリーダってやつが、彼以外の訓練生を止めている?一対一に?なんの為に?」
「分からない。だけどあの人、すごく駄目な顔してる。絶対、あれは殺す顔だ。」
「……停学じゃあ済まないと思うけど?」
「大丈夫、貴方には迷惑をかけない。」
「……俺は友達と思っているからね?」
「私も。……だから迷惑をかけない。」
「……実行まで一分。」
「了解。」
私は、覚悟を決めた。
「”カナリア・ショウ!!!余裕の笑みを浮かべていますが……。いえ?いつの間にか後方の味方が消えております!!!味方分隊が全滅の表示?!!!これはいったいどういうことだ?!!”」
「”それはですねぇ。僕が退去させました。本性表したんでねぇ。ちょっと生徒諸君には退去を。”」
「”おおッと!”」
「”やあ、解説のノイズリーダーでーす。ここからは、勝ち誇っている彼に対してお仕置きの時間だよ?何時。罪を改め、この世界から退去せよ。贖罪だけを願い。ただ、無垢な神の子であれってね。………だろう?ノイズ隊副隊長”エーデルワイズ殿””」
瞬間。イフリートの下半身が吹き飛んだ。
それは疾風のような速さで。ただ、一点のみの物理を持つ彼女の心臓を刈り取る。イフリートをこの世に有るべき者として供えられた中心核を、彼は炎をまといながら一瞬で両断する。
「アーメンハレルヤハッピーデーだ。クソ漏らし野郎。てめえがお漏らししねえか楽しみで来ているわけじゃあねえが、テメエのオツムが汚れるのを見るのは爽快に違いない。……という訳でだ。てめえがここに何をしに来たのか分からねえが、どうやら別な世界から来た異物だという事は証明された。……お前はこの意味を理解しているだろう?」
そういって、中指を立てる。
火に包まれた彼は服に着いた火をパタパタと消し、愛用のナイフを放り投げる。ナイフは空中で軌道を変えて、粗ぶりながら彼の腕に収まった。
「これはくそビッチよりもきたねえお前らに捧げる中指だ。解釋は澄んだか?残念ながら、神様なんて信仰しねえ俺は、お前を極楽浄土にいざなう文句は覚えていねえ。」
男はナイフを遊びまわす。
汚い言葉でののしりながら、彼は先ほどまで自信満々であった彼に近づく。自分の最強の駒を一瞬で消された彼の表情は、とても見るに堪えない。肉食獣だと思っていた獣は、自分が草食動物であることを知らなかった。
「…お前が、あいつ等かどうかはさておき。この世界を犯しに来た変態クソ野郎なら、俺達はお前を容赦することは出来ない。……どうした?かかって来いよ。」
「……やってやるよ。」
「あ?」
「やってやるよ!!」
彼は、強烈な蹴りを放つ。
それは男の頭を狙った鋭い蹴りだ。……だがしかし、男はそれを軽く受け止め、蹴りを中心とした男の猛攻を受け止める。
「威勢がよくなったな。」
「黙れ!!」
「教団関係の奴は、どれもへなちょこだと思っていたがな。」
「あいつ等と一緒にするな!!このくそザコ黒寝癖野郎!!!!!」
「………なるほど。」
男はナイフを地面に差す。猛攻を受けながら、男は反撃する様子を見せない。彼が次に狙ったのは、左わき腹。強烈な蹴りをたたき込んだ彼は、異常に気付く。重いはずの一撃を食らったはずの彼だが、少し足りとも動いていない。
「てめぇ。がん細胞だな。」
彼は拳を作る。
蹴りを入れた硬直で、木の幹を蹴り上げたように、自身の衝撃を逃がす事が出来なかった彼は、体が思うように動かない。………そんな時。
「兄さま?」
「あ?」
振り向いた彼に、拳が飛んだ。
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