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「今の率直なお気持ちをお聞かせください!」
「生活の不一致というものなのでしょうか!」
「こうなってしまった原因は何かお考えですか?」
無数のフラッシュと、早口の男女の声が入り乱れる。昨日の週刊誌が捉えた記事を見て、こうなることは覚悟していた。しかし、私には悲しみよりも怒りの方が多かった。
「お相手はテレビに出ない日はない若手実業家だったみたいですね!ご年齢も、加賀美さんよりも10歳も若いと聞きました!」
その言葉を吐いた下衆な記者を睨んだ。テレビに出ない日はない。10歳も若い。何だその言い草は。私が流行の過ぎた年寄りとでも言いたいのか。
「何か一言お願いしますよ、加賀美さん」
私は被害者だ!被害者をよってたかって笑いものにするな!
こんな奴らの思い通りにはさせない。私は一言も発さずに、人の不幸を飯のタネにする人間どもをかき分けた。
「喋んねえと使えねえよ。こっちは朝6時から張ってんのによ」
奥歯が軋む音がした。噛み締めていないと、今にも飛び掛かりそうだったからだ。振り返らず、私は自分の車に乗り込んだ。
エンジンを回す。シフトレバーはPのまま。アクセルを踏み込む。愛車が、自分の代わりに叫んでくれているようだ。
叫びに気付いたのか、記者たちは道を空けた。何か言っているようだが、もう私の耳には届かない。
今度はレバーをDに入れ、勢いよく走り出した。
なんで私が、こんな目に!どれもこれも、あいつのせいだ!あいつが現れなかったら、今頃、私は……。
きっとあの日から、私の運命の歯車は狂っていた。
遡ること半年前。何かの番組で一緒になり、話すきっかけを得た私たちは、廊下で立ち話をしていた。
「私、加賀美さんにとっても憧れていたんです。今日はお会いできて嬉しいですっ!」
その実業家は、私に握手を求めてきた。その目は、私に本当に憧れているかのようだった。見れば見るほど可愛く、実業家にしておくのは勿体ないと思った。
「あなた、芸能界に興味はないの?あなただったら、きっと良い役者さんになれるわ」
良い役者は、人に好かれる。その逆もしかり。
「いえいえ、私なんかに役者なんて無理ですよ……。それに、今の自分がどれだけ成長できるかを試してみたいんですっ!」
その姿に感銘を受け、私は自分の連絡先を教えた。
「実業家としての成長も正しいわ。その中で、芸能界入りも成長の糧になると思ったら、いつでも連絡を頂戴。私のコネで絶対に入れさせるわ」
もう役者としては落ち目に入っていたが、紡いできたコネクションなら誰にも負けない。そしてこのコネクションは、この子に渡して、私は芸能界を引退しよう。
一週間も経たないうちに、実業家から連絡があった。芸能界に興味が出てきた。話を聞きたい。そういう旨だった。私は喜び、家に招いた。今考えれば、この家に招くという行為が、一番のターニングポイントだったのかもしれない。
「今日はあの子が遊びに来るのよ!ああ、ケーキ買ってこなくっちゃ。あなた、お留守番しててくれる?もしあの子が来たらあげちゃっても構わないから」
このころ、既に私は交際相手がいた。名前は伊織といった。とても凛々しくて、頼りがいのある人だった。
「分かったよ。買っておいで。あ、ついでに私の分も買ってきてほしいな」
「もちろんよ!」
ケーキを買って帰ると、すでにあの子が来ていた。
「いらっしゃい!芸能界に興味が出たのね!」
「あ、加賀美さん。お邪魔していますっ!はい、あの時憧れの加賀美さんにあそこまで言われたら、嫌でも興味が湧いてきますよ……」
照れる顔も可愛かった。
そこからは、伊織を含めた三人で、芸能界について語り合った。気付けば外は暗くなっていた。
「もうこんな時間!すみませんっ!長居しすぎましたっ!」
「いいのよ、あ、どうせなら夕飯も食べていけば?」
「うーん、じゃあ、お言葉に甘えますっ!」
その日は、夕食も一緒に共にしていた。
「それでは、そろそろお暇します」
「また来てねっ!」
「夜道は危険だ。送っていくよ」
「大丈夫ですよ!伊織さんこそ、帰り道が危ないですよ!」
「私はこう見えても武道を習っていたんだぞ。そこらの不良には、巻けやしない」
伊織の圧に押されたのか、結局は伊織が送っていくこととなった。
この時に、二人にするべきではなかったのだ。
今思えば、今につながる布石は多くあったのだ。
そのまま、二人は私抜きで会うことが多くなり、伊織も家を空けることが多くなった。
「友達と飲み会があるんだ……」
本当は飲み会にも行ってほしくなかったけど、私は伊織を信じていたから。
だって、だって伊織は――。
車を停めた。あの実業家の家だ。
私から伊織を奪った、憎い相手。
「殺してやる!私から、愛する女を奪った男!長谷川道夫!」
ナイフを持って、私は家に上がり込んだ。
美形青年実業家、女優カップルに割り込み成功か⁉同性愛者も崩れる美形青年実業家の実態とは
――週刊ミライは、加賀美明子(31)との同性熱愛報道のあった新井伊織(27)が、夜な夜な美形青年実業家・長谷川道夫(21)と密会している姿を激写した。やはり、どんな困難なものでも、実力で奪い取っていくのが、現在の成功者の秘訣なのか――
(週刊ミライ 202X年16号より抜粋)
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