3. シャロルの挨拶

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 テラスに座ってカリキュラムを眺めていると、やがて授業を終えたアンリが戻ってきた。 「学長室には行けた?」  笑いかけながらシャロルの向かいに腰かける。 「ええ。学長先生に初めてお会いしたわ」 「小言はくらわなかったかい?」 「大丈夫よ」  シャロルは苦笑する。 「エルバルド先生もそんなことおっしゃってたわ。学長先生ってそんなに厳しいかたなの?」 「少なくとも甘くはないね。とは言っても、学生に理解はある人だよ。私が剣術のクラスを取るって言い張ったときも、学長先生だけはあっさり認めてくれた」 「剣術を習ってるの?」  驚いたシャロルは思わず聞き返す。  スポーツのクラスを取っているとは聞いていたが、まさか武術の類だとは思っていなかった。それが女子生徒に認められているということも驚きだが。  意外な顔を向けるシャロルに、アンリは決まり悪そうに苦笑した。 「実家には反対されたけど、学長が認めてくれたからって押し通したんだ。つまり、私も……変わり者でね。実はシャロルに声かけたのも、変人友達になれるかなって思ったからなんだよ」  シャロルもくすりと笑う。 「どうかしら。私の変わり者っぷりにはかなわないんじゃない?」 「いいや、いい勝負だね」  アンリは快活に笑いながら立ち上がった。 「夕食までしばらく時間がある。まだ行ってないところを案内するよ」 「そうね、ありがとう」  アンリが変人だと自称するのも納得できない話ではない。  武術は兵役に就く可能性のある男子が身に着けるものであり、女子――ましてや良家の令嬢が訓練を受ける例など聞いたことがなかった。この学園で学ぶとしても、剣士や騎士の家門に属する男子向けのクラスであるはずだ。  しかし、聞いたことがないというだけで、考えてみれば特段おかしなことではない。  シャロルの知り合いにも体が丈夫だったり力が強かったりする女性は多かったし、ダンサーや芸人の中には目を見張るような身のこなしをする女性もいる。男女を問わず、体を使って武術を磨きたいと思う人がいても不思議ではない。  きっとアンリは家名にとらわれず、この学園で自分のやりたいことを実現しようとしているのだ。  そう思うと、家という背景のないシャロルには確かに“同志”のような気がした。  やりたいことを学ぶ、という言葉にふと思い出し、シャロルは歩きながらアンリに質問する。 「そういえば、クラスのことを教えてくれた黒髪の男の子がいたの。名前を聞きそびれてしまったんだけど、アンリ、知ってる?」 「黒髪? 何人かいると思うが……」 「とても物知りなの。たいていのクラスは取ってるって言ってたわ」 「ああ、ヒロ・ミーチャムか」  シャロルの説明で思い当たったらしいアンリは、いたずらっぽい笑みを浮かべる。 「黙って静かにしてればきれいな男なんだけどね、彼もたいがい変人だよ。司教の息子なんだが無神論者を自称してる。勤勉だし、物知りであることは違いないね」  ひょっとしたら授業が一緒になるかもしれない。そのときには、声をかけてくれたお礼をきちんと言おうとシャロルは思った。  そうしてテラスで話したもう一人の人物も思い出す。 「――ミス・マキヴェリエにも声をかけてもらったわ。あのかた……黒蜘蛛の君のお友達なのよね?」  黒蜘蛛、の言葉にアンリの笑顔が少し曇る。 「マキヴェリエか。彼女の言うことは気にするな、ただのわがまま娘だ。市長への影響力だって、彼女よりは黒蜘蛛の方がはるかに強い」 「そうなの? お父上……なのでしょ?」 「市長も間抜けじゃない。機嫌を取るべき相手を心得てるということだ」  黒蜘蛛の君はこの学園のみならず、市政に対しても権力を持っているということなのだろうか。  彼女が次期女王になるという噂がそこまで信ぴょう性の高いものだというなら、無理はないのかもしれない。  そんな彼女がどうして、と、シャロルは黒蜘蛛の君に興味を抱いていることを自覚していた。
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