インタビュー

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インタビュー

 ある雑誌のインタビューのため、二人の人間が向かい合って座っていた。 「歌で世界が変えられますか?」  そんな質問を、憎たらしい顔をした男が、彼女に投げかけた。 「はい」  彼女は笑顔で即答した。 「しかし、戦争や貧困。そういった数々の問題を、歌だけでどうにかできるものでしょうか。所詮は夢物語でしょう?」  男は、早口に、かつバカにしたような声で言う。 「答えが出ているじゃないですか」  彼女が言う。男は、その意味を飲み込めずにいる。 「夢物語を歌っているんです」 「それじゃあ世界を変えることになりませんよ」 「なぜですか?」 「なぜって、そりゃ……あんためちゃくちゃだよ言ってること」 「映画の中のスーパーヒーローは何度も世界を救っています。けど、現実の世界を救ったわけではない。そうですよね? けれど、それを観て、救われる人もいる」 「だからさ、それは世界を変えたとはいわないでしょ」 「なぜですか?」 「いや、だからさぁ! なんなんだあんた! さっきから意味わかんねぇんだよ!」  男は怒鳴り、彼女に詰め寄る。彼女は動じない。 「世界とは何でしょうか」 「は?」 「あなたが言う世界とは、国であったり、政治であったり、状況であったりです。世界というのは、形として見れば、「ひとつ」でしょう。私たちが生きている「場」を世界と呼ぶならです。でも、世界とは、私たちが「場」だと認識しなければ、そもそも存在しません」 「宗教かなんかかよ。くだらねえ」 「そういう面もあるかもしれません。私はそういったものに興味はありませんが、「形」を考察すると、どうしてもスピリチュアルな方に近づいてしまうのかもしれませんね。続けてもよいですか?」  男は頷く。何か言ってやろうと思ったが、言葉が出てこなかった。 「世界がどういうものであれ、私たちが生きている「場」を世界というならば、私たちそれぞれが世界を認識するためのパーツなんだと思うのです。私たちは世界の一部であり、「場」を観測し、定義するための装置なのではと」 「つまり、あんたは、人それぞれが世界の一部だと?」 「そうです。私も、あなたも、世界の一部」 「みんな同じってか。ひとつの世界、ノーボーダーみてえなもんか? よく言われてるやつだ」 「ひとつではありません」 「あ?」 「ひとつでありません。私もあなたも、そして、他の方々も、同じではない」 「みんな世界の一部なんだろう?」 「みんなというのは、「個」ということです。私たちは群れで生きる。けれど、私たちは同じ世界観を共有しているわけではないですよね? 社会というシステムを作るために、個が集まり、集合体となる。それが我々人間にとっての群れです。パズルがピースで構築されるように、私たちもそれぞれは個別のピースです。けれど、ピースだけでは世界は作れない。世界になりえないというべきでしょうか。けれど、それは群れであることを前提とした場合でしょう」 「じゃあ、あんたは、ピースひとつでも世界を作ることが、世界を変えることだと」  彼女は拍手する。 「その通りです」 「そんなの無理だろう」 「やってみないとわかりませんよ」 「できるわけがない」 「難しいかもしれませんが、試してみる価値はありませんか?」 「所詮は歌だ」 「そうですね」 「どうにかなるわけがない。変わろうとか、変えようとか、個人だろうがもっと大きなものにだろうが、訴えだけじゃ世界は変わらない」 「やり方によりますよ」 「やり方?」 「はい。個人で世界を見れば、問題も具体的になります。呼びかけるのではなく、働きかけるんです」 「どういうことだ?」 「群れから切り離すんです」 「それじゃあ生きていけないだろう」 「そうですね」 「そうですねって……」 「別に、生きていることは重要ではないんです」 「意味がわからん」 「世界はもう、個人の「場」ではありません。社会という「システム」の中で生きられないのなら、その人の世界はもう成り立たないんです」 「何が言いたい」 「世界を変えるということは、示すことです」 「何を」 「世界は変わらないということを。所詮は、歌の世界は夢物語なのだということを」 「それは世界を変えるとは言わない」 「世界は「個」で出来ています。変えるべきは、世界は「ひとつ」であるという認識です。私たちは、群れでしか生きられない。生きていくのなら、選択の余地はない。だから、生きたいのなら、個を変えること。己を変えることです。所詮、私たちは己の人生の中でしか生きられないのですから。世界を変えるというのは、自分を変えるということです。嫌な言い方をすれば、諦めるということですね」 「屁理屈並べたわりに、着地は随分とスケールが小さいな」 「私はそんなことを思いながら、いつも歌を歌っています。世界とは、あなたそのものなんだと」  彼女は言い終えると、ふっと息を漏らす。 「屁理屈だって思いますか?」 「ああ。色んな歌い手を見てきたが、あんたは一番めんどくさい。一言で完結するだろうが」 「そうかもしれません。けど、言葉にすれば簡単なことが、その言葉に込められた意味をちゃんと語ってくれるとは限りません。だから、屁理屈で語るんです」 「めんどくさいな」 「だと思います」 「まあいいや。スケールがでけえように語られる陳腐なもんよりは面白いんじゃないのか」 「これ、ちゃんと載りますかね」 「ウチは売れてねえミュージシャンを笑いもんにするのがうけてるからな。あんたの屁理屈も意味不明だとネタにするにはちょうどいい」 「ならよかった」 「よかないだろ」 「載るならいいです。語った価値があります」 「あんたやっぱりおかしいよ」 「人間ですから。人間はおかしいものですよ」  彼女は笑う。男も、なぜか笑った。  後日、彼女のインタビューは無事に雑誌に掲載された。  男の言った通り、彼女の言葉は意味不明だと笑われることになった。
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