嫌な予感

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嫌な予感

「えーと。やっぱりこれにしよっかな、でもこっちも可愛いし……」  本日のメインイベントとはここ、ザックタウンだった。   ここはオルタナ界トップレベルの品揃えを誇るファッションショップ。そこで雪はかれこれ30分以上、あーでもない、こーでもないと言っていた。  ——女子の買い物……長い。  店の外のベンチに座りながら研一は、雪が色々な服を手に取っては返し、取っては返しを繰り返しているのを、ただただ、ぼーっと眺めていた。  そして先ほど言われたことを、もう一度振り返ってみる。『あんたたち付き合ってるの?』の次の言葉である。  ——まさか、そんなわけないじゃん! ただ私が連れ回しているだけだよ——  そっか、そうだよな。  元々期待していたわけでもないし、まあいっか。  第一、学園一番人気の「加藤 雪」が自分なんかに目をくれるわけなんて無かったんだ。雪はただオルタナがしたかっただけ、ただそれだけ。なんでそんなことに気づかなかったんだろう。  そんな事を考えてみると、じゃあ今のこの時間は一体何なんだ? そんな疑問が沸々とわきあがってくる。    ——俺はただ良いように使われてるだけなんだろうか——    そんな疑念が浮かんでは沈んでいった。  ふと周りを眺めてみると、さすが世界最大規模のショップであり、多くのユーザーでごった返していたが、至って穏やかなものである。あるものはクマやウルトラマンのフルアバター、また空を自由に飛び回ったり、地を這ったスパイダーのユーザーもいたりと皆様々だ。  しかしもし自分が今ここで(いち)であることが知られたらどうなるのだろう?  オルタナクレスト優勝後、壱の元には沢山のCMのオファーが来た。オルタナを散策すれば、壱の映像を見ない日はない。オルタナ界で「壱」のことを知らない人は、雪の様な初心者以外ほとんどいないため、辺りは騒然となるだろう。  それだけではない。  壱が持っている様々な特殊データをスティール、つまり盗む者も珍しくない。  そうやってスティールされた特殊データは裏オルタナコミュニティでレアアイテムとして高く売られることになる。  だからこそこんな地味なTシャツ短パン姿を選んだのだった。  だが……。  研一は肩にたすきがけをし、白いTシャツの背後に背負っているその細長い「筒」の感触を確かめた。そして一つ鋭い眼光を放つ。目を閉じると、その感触から伝わる、研ぎ澄まされた感覚が蘇ってきた。  ——これだけは絶対に外せないんだ。  ザックタウンの喧騒の中、しばし研一の精神はその筒と一体となり、まるで自分の手足のように融合した感覚を覚えていた。  それにしても、何だろう。  さっきからどこか違和感があるのを研一は気になっていた。時折入り込む一瞬の景色の歪み、ほんの少しだけ遅れる映像。  だがあたりには怪しい存在は見えないし、違法プログラムを伺わせる現象も見当たらない。  ——何もなければいいけどな。  そう思っていると、突然大きな明るい声が研一の耳を叩いた。 「研一〜! ほら、見て、これなんかどう?」  大声を上げなければ届かないほど離れた距離で、雪はノースリーブの白のワンピースを胸に当てて、研一に見せた。  研一は全身の肌という肌が一気に火照るのを感じた。怖くてあたりの様子を確認できない、みんながこっちを見ているんじゃないか、そんな不安で一杯だった。 「うん……いいんじゃね?」  それを聞いて雪はその大きな瞳を、つぶれるくらい細くした。そして、にこっと笑うと、 「じゃあ買ってくる」  そういってカウンターへ向かった。  ——女子って、大変だな。  そう言って一つ、ため息をついた。  オルタナでの試着は簡単だった。気に入った服を選ぶと、一瞬で全身に身に纏える。そして動いたり、アクセサリーをつけたり、様々なバリエーションを試すことができる。そうして十分に納得のいった上で購入し、現実世界でそれを着るのだ。インターネットでは分からない微妙な色彩の違いや、感触、立体感が試せるため、非常に人気があった。  その時だった。  不意に研一の視界に何かが見えた。  カウンターで購入手続きをしている、雪の背後の景色がぼやけている。  それはあたかも陽炎のような、一瞬の不具合のようであったが、明らかにそれは雪の動きに合わせて、近づいていた。  ——いた、間違いない。あれは……  その瞬間、研一は全てが見えなくなっていた。  オルタナ慣れしたその本能は、体が勝手に動き、その後どのような結果が待ち受けるかを全く予想出来ないでいたのだった。 20:12:01
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