4人が本棚に入れています
本棚に追加
第一章 訪問者 場面一 転校生(一)
県立霧島高校は、県内でもトップレベルの共学の進学校である。創立八十八年目を迎える旧い学校で、改築を重ねている学舎は一目で年代ものと判る。校風は比較的自由で、教育方針は「生徒の自主性・主体性尊重」と「文武両道」。クラブ活動も盛んだ。
内原祐一は、この日もいつもと同様、始業の一時間前に教室に入った。そういう生徒は祐一だけではなく、教室内には既に三人の姿がある。三十分以内に十名を越すだろう。
祐一は物理の問題集を開いた。
「おっす、内原」
隣りの列から岩城が話しかけてきた。かなり細身ですばしっこい眼をした岩城は、一見ひ弱な印象だ。だが、実はブラスバンドでパーカッションをやっており、案外パワフルな演奏をやってのけるという一面を持っている。また新しいものに目がない彼は、祐一にとっては貴重な情報源だった。
「おはよう」
「今日転校生来るってさ」
話したくてうずうずしていたという口調に、祐一は微笑で答えた。
「そうだってね」
「えっ? お前何で知ってんの?」
やや不満げに岩城が尋ねてくる。
「昨日偶然会ったんだ」
「ちぇっ―――せっかく教えてやろうと思ってたのにさ。内原が知ってるとはね」
祐一は苦笑する。
「どうせぼくは情報疎いよ」
「で、どんな奴? 喋ったのか?」
「少しね。私服可だからうちにしたって」
「えーっ、余っ裕じゃん。そりゃ上ノ京高校っつったら京都でも有名だし、レベル的にはうちより上かもしれないけどさ、授業はともかく三年のこの時期に転校は痛いだろ」
「上ノ京高校って―――あの模試とかでよく上位にあがってる?」
祐一は問い返した。岩城はプッと吹き出す。
「何だ、お前、喋ったとか言っといてそれ訊いてないの」
「そういえば、そういう話しなかったなあ」
上ノ京高校は京都にある私立の男子校で、岩城の言うとおりレベル的には霧島の数ランク上だ。
「普通訊くだろ、転校生に会ったらどっから来たかぐらいさ。だからお前って天然なんだって、そういうとこが」
祐一は苦笑して、それには答えなかった。
最初のコメントを投稿しよう!