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第一章 訪問者 場面四 帰り道(三)
部屋に戻ると、安人は物理の問題集をチェックしている。祐一は机にコーヒーとクッキーを置いた。
「あ、悪いな」
「役に立ちそう?」
「ああ、十分。やけに丁寧なノートだなあ。売れるぜ」
祐一は苦笑する。
「誰に売るんだよ。君に? 有料にしようか」
安人は肩を竦めた。
「いけね。言わなきゃよかった。―――まあ、また何かおごるよ」
「いいよ、そんなの。読解の教科書、ちょっといい?」
「ああ。読解は教科書一緒だな。進み具合だけ後で見せて」
「判った」
祐一はベッドに腰を降ろし、予習を始める。安人がふと気づいたように振り返った。
「悪いな、机占領するけど」
「いいよ」
それからしばらくは、お互いに言葉少なになった。ときおり安人が質問を投げかける程度だ。昨日今日に会った人間の部屋にいきなり上がりこんできたのだから、考えてみればずいぶん図々しい転校生もあったものだ。しかし当人に全く屈託がないせいなのか、特に不快な印象を祐一はもたなかった。
一時間半ほどが過ぎただろうか。
「中里」
祐一はベッドから立ち上がり、机の横から声を掛ける。
「古典の教科書、ちょっと借りていいかな」
安人はめくっていた理科の資料集を閉じた。
「あ、いいよ。―――っていうか、一応全教科、一通り眼は通したから。ありがとう」
「早いな」
祐一は安人から古典の教科書と古語辞典を受け取り、再びベッドに腰を降ろす。安人はクッキーを口に放り込んでから、軽く伸びをした。
「日本史進んでんなあ。もうほとんど教科書終わってんじゃん。うちじゃ夏休み前までかけるぜ」
「先生が本当にポイントしかやらないんだ。後は細かい暗記事項だから自分で、って感じかな。でも、結構流れの押え方とかは的確で解りやすいよ」
「でも微積は遅い」
「そうだな。ぼくもそう思う」
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