15人が本棚に入れています
本棚に追加
/4ページ
足利尊氏の肖像画が、なくなってしまったの?
家紋が違う?
家紋が確定したのは、江戸時代後期、あるいは、中期以降だと思う。
家紋が二つ以上ある家がある。それは、もともと家紋が二つ以上あったか、家紋を贈られたか、家紋をもらったか、
家紋の付いている物を奪ったか、家紋の付いている物を贈られたか、
家紋が格好いいから勝手に使ったか、承諾を得て使ったか、そういうことだから、
足利尊氏が、家紋が違う物を持っていたって、おかしくない。
伝·足利尊氏肖像でいいと思う。
昔は、家紋の数自体が少なかったと思う。それに、家紋を持ってない家があったと思う。
貴族は、家紋を持っていたと思う。その紋章とは別の柄が、貴族の家の家具や調度品に付いていた。その柄は、家具や調度品の飾りとして付いていたので、家の物として区別するために家紋の柄を付けるようになったのとは別のことだと思う。
家具や調度品の柄は、後に、家臣、貴族の護衛の侍や分家の家紋となっただろうけど。
足利尊氏が、もともと家紋を持っていたか、定かではない。( 源氏の家系だとしても、家紋を持っていたかは、わからない。)
最初のコメントを投稿しよう!