四 悲運の皇子、憎しみを連れて……

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成都・劉備居城 文武の諸官の集まる朝議にて、漢皇帝・劉備は唐突に言い放つ。 「曹丕は帝位を簒奪し、朝廷を滅ぼした逆賊である。そして呉の孫権はそんな曹丕と未だ同盟関係を結んでいる。私はまず呉を攻め滅ぼし関羽の恨みを晴らした後、魏を討とうと思うが、どうだろう。皆の意見を聞きたい」 いくらか予想されていた事ではあったが大政堂はざわついた。すると、列の中から眉間に皺を寄せた諸葛亮が進み出る。 「陛下、お待ち下さい。今、呉を討たれて喜ぶのは魏でございます。ここは魏と呉が不和になり争う様になるまで待つべきです」 諸葛亮の正論に諸官達は無言で頷く。しかしそんな中、劉備だけが首を振る。 「いや、私は一刻も早く孫権を倒して雲長の恨みを晴らし、曹丕を滅ぼし雲長の想いを果たしたい。私は志半ばで死んでしまった義弟に報いたいのだ、私はその為に皇帝となったのだからな」 場の空気が変わったことに軍師は気がついた。この義兄弟の絆を知っている諸官達が劉備の深い悲しみに同情を始めたのだ。 このままでは本当に呉に攻め込んでしまう。それを避ける為に劉備の関心を他に向けさせればならないが、そんな案件が突然浮かぶはずもなく唇を噛む。 その時、同様に列から進み出た者がいた。廖化である。 「お待ち下さい、陛下。羽将軍と関平殿が禍にあわれたのは、兵を出さなかった劉封と孟達のせいでござる。呉を攻める前に、まずこの両者の罪を問うべきだと存じ上げます」 廖化の声色、そして纏う空気にはありありと怒りが見て取れた。しめた、諸葛亮はそう心中で呟いて、これに同調する。 「元倹殿の言う通りです、陛下」 しかし今度渋い顔をするのは劉備の番であった。養子である劉封の穏やかな笑みを思い出したが、同時に義弟の顔も浮かぶ。 「……そのことは私も考えていた。ならばすぐさま二人を成都に呼び戻すことにしよう」 「いえ、それでは却って二人は警戒するでしょう。ここはむしろ二人を昇進させて、離れ離れにしてから捕らえた方がよろいしいでしょう」 諸葛亮の矢継ぎ早な提案に劉備は面食らいつつもそれに従うことにした。 ***
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