一 樊城の戦い‐結成、魏呉連合!!-

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関羽陣営・本陣 関羽は陣門に立ち、暗く聳え立つ樊城を見つめていた。するとそこへ息子である関平(かんぺい)がやって来る。 「流石は曹仁、守りの戦をさせたら天才的だね。たったあれしきの手勢でよくもまぁあそこまで持ち堪えるよ。なぁ、親父」 「ああ。しかしもうそう長くは持つまい。それに我等とていつまでも睨み合いを続けているわけにはいかないからな」 「荊州城の兵をもう少しこっちに回すことが出来たらなぁ。あぁでもそんな事したら孫権の奴が攻め込んで来ちまうか。荊州城を見張りながら、陸口を守ってる呂蒙も相当な手練だって話しだしぃ」 あー、面倒くせぇ。と伸びをしながら関平が呟いた時、関羽の三番目の息子である関索(かんさく)が現れる。 「父上に兄者、幕舎に居られないと思ったらこんな所に」 「どうした? 何か用事か、関索」 「はい、父上。陸口の陸遜という者から使者が送られてきました。今は馬良(ばりょう)殿がお相手をしています」 「りくそん? 誰だよ、ソレ。陸口ってたら呂蒙じゃねぇーの?」 小首を傾げる兄に、関索は詳しくは自分もまだ分からないがと前置きしてから続ける。 「どうやら陸口を守っていた呂蒙が病を得たらしく、建業に戻ったそうです」 「……成る程、その陸遜という者が呂蒙の代わりという訳か」 「はい、その通りです。父上」 「へぇ、そいつは都合がいいじゃねぇか」 関平は手を叩いて喜ぶ。 「陸遜なんて全然聞かない名前じゃないか。大した事ないって! はは、孫権もヤキが回ったなぁ、そんな奴を代わりにするなんてさぁ。親父、荊州城に留めた兵をこっちに呼び寄せようぜ!!」 しかし、そんな兄とは正反対に弟は冷静だった。 「兄者、それは軽率です。孫権は我等が勢いを伸ばすことを面白く思っていない筈。わざと無名の将を置き、我等を油断させる作戦かもしれません」 「例えそうだとしてもそう簡単に攻略出来る荊州城じゃねぇ。なんたって長江に沿って、20里、30里ごとに狼煙台を設置して、異変があれば連絡を取り合えるようになってるんだ。この備えを破らない限り攻め入るのは難しいさ。なぁ、親父」 「関平の言う事も確かだが、ここは全面的に関索が正しい」 「……あり?」 「ですよね、父上!!」 関羽は自らの左腕に巻かれた包帯に手を添えて言う。 「陸遜という者の実力が分からない内は荊州城に留めた兵は呼ばない。……関平の言う通り、陸遜が大した事のない将であったなら軍勢をこちらに回し、この矢傷が完全に癒えるのを待って樊城に総攻撃を仕掛ける」 「あーあ、慎重なこって。俺はこんな戦さっさと終わらせ成都に戻りたいぜぇ」 盛大に溜息をつき、肩を竦める関平を父が窘める。 「関平、そう不服を言うな。お前の気持ちが分からんでもないが、事を急いで樊城も取れず、荊州をも奪われたとあったら兄う――劉備(りゅうび)様に申し訳が立たないだろう」 「そうですよ、兄者。父上のお考えこそが迅速且つ確実に樊城を攻略しつつ荊州を守るという最も理に当たったものなのです」 更に加わってきて、くどくどと講釈を垂れる弟に兄は苦い顔をする。 「なんでお前にまで言われなきゃならねぇんだよ! あー、索は親父の味方ばっかするからホントうぜぇ。(こう)がいりゃあ俺の味方なのによぉ」 病の為、成都に残してきたもう一人の弟の姿を思い浮かべて足元に転がる小石を蹴り飛ばす。ちなみに関羽にとっては二番目の息子に当たり名を関興 (かんこう)という。 「何を言うんですか、兄者。いくら小兄者 (ちぃあにじゃ)でも今回ばかりは父上に賛成しますよ。ああ見えて小兄者はけっこう冷静な方です」 「はぁ? れーせい? そっちのがチャンチャラおかしいっての! あんな奴ただの食い意地張った腹黒じゃねーか。お前がそうやって過大評価して甘やかすからいけねぇんだ!! 知ってんのか? アイツ病気のクセに粥を大食いしてケロってしてやがる!」 「……え、そうなんですか? 私には病気で食欲がないけど、甘いものなら食べられると言いましたよ? 私わざわざ買いに走ったんですよ?!」 「ぶははは、だっせー!! 真に受けて興に騙されてやがる!」 「……もし小兄者がここにいたら、“お腹が空いたからさっさと終わらせてもうボク成都に戻る~”とか言うのでしょうね。確実に」 頭を押えて俯く関索の肩を関平は優しく叩く。そんなやりとりを交わす息子達を見つめ、関羽は小さく笑んだ。 「お前達は本当に仲の良い兄弟だな。……俺も義兄弟達に早く会いたくなってきてしまった。閬中 (ろうちゅう)翼徳 (よくとく)はワガママを言わずちゃんと仕事をしているだろうか? 兄上は足元に注意し、いらぬ怪我など負っていないだろうか?」 これを聞き、息子達は顔を見合わせて笑う。 「大丈夫だって、親父! 張飛の叔父貴には叔母さんや(ほう)達がついているんだからさぁ」 「そうですよ、父上。劉備様にも孔明軍師がついていますので心配はないでしょう」 「そうだな。……ん? なんだ、お前達。もしかしてこの俺を慰めているのか?」 「はは、それはどうだろうねぇ。まぁでも、親父の為にも迅速且つ確実に樊城を攻略しつつ荊州を守るという方針で頑張ろうとは思ったぜ?」 「この関索、父上の為なら如何様なことでもやり遂げてみせます。手始めに今宵、父上の幕舎にお呼び下されば、全身全霊で父上を慰めて――、ふごっ!!」 「お口閉じようね~。さっくんはブッ殺されたいのかなぁ?」 「ウッ、殴りましたね? ……父上にもぶたれたことありませんのに!」 「親父~、今すぐコイツを再起不能になるくらい殴ってくれない?」 「え!? 父上が私をぶって下さるのですか!! 今からですか?! そんなまだ身も清めていないというのに!」 「親父、そろそろ(りょう)の所に行ったほうがいいんじゃないか?」 「ああ、そうだな。……しかし、関索の様子がおかしいが大丈夫なのか?」 「ん、全然大丈夫。むしろ通常運転」 関平の意味深な言葉に後ろ髪を引かれる何かがあった関羽だったが、馬良と陸遜という者から遣わされた使者の待つ幕舎へと向うのだった。
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