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陸遜という無名の将が陸口の守りについて幾日かが経った。関羽が放った間者によると、陸遜は陸口の守りを緩め、自身は仕事もせず遊び惚けているということである。
「あっはは! 俺の言った通りだ、親父。なんでも陸遜ってのは年端もいかないガキというじゃないか。お絵かきやお昼寝に興じるのも致し方ない。さぁ早く荊州城の兵をこっちへ回そうぜ」
「……そうですね、ここまでくると私も兄者に賛同です。父上」
息子達の意見を聞きながら、関羽は参謀として連れてきた馬良に視線を投げかける。若き参謀は拱手し一礼した。
「僕も関平さんや関索殿に賛成します。呉は周瑜と魯粛が既に没しており、呂蒙も病で臥せっているということです。更に先の合肥の戦いでは太史慈や陳武などの勇将を失っています。つまり呉は今人手が不足しているのだと思われます」
「……故に無名の将まで守りに駆り出されると?」
関羽の問いかけに白眉の参謀は固い動きで頷く。
「だと思いたいのが本心ですね」
「あ? どういう意味だよ、良」
「詳しくお聞きしたいです」
3人に見つめられて馬良は苦い顔で続ける。
「関将軍が守る荊州城を見張る事の出来る陸口に無名の将を置くなど、馬鹿正直に呉は今人手不足だと言っている様なものです。それに守りを緩くしたり、遊び惚けるなどの奇行は我々を油断させる策かもしれません。迂闊に荊州城の兵を動かすのは危険です」
「だが、馬良。お前は先程、我が息子等の意見に賛同したのではなかったか?」
「はっ。陸口の陸遜を警戒することも大切ですが、我々が最も警戒を怠ってはならないのは樊城の曹仁です。曹仁という将は、曹操の従兄弟であり、その旗揚げ時から従っている勇将です。殊に曹操の為となると無謀な戦を仕掛けてくるかもしれません。それでなくともあちらは篭城を始めてもう幾日が過ぎています。そもそも篭城とは援軍が来るというのが前提で行われるものです。しかし、于禁、龐徳以来曹操からの援軍はありません。その上、城内は兵糧も尽きつつあり、限界状態を迎えているに間違いないでしょう。そのような死兵と戦えば、いくら関将軍でも腕一本ではすみませんよ?」
大分動きの戻ってきた左腕を関羽は黙って見つめる。
「んで、結局の所さぁ良はどうしたらいいんだと思うんだよ? 頭がごちゃごちゃしてきたんだけどさ、俺」
眉間に皺を寄せ、唇を尖らせる関平に馬良は微笑かけ、そして一拍ほどの間をとって自身の考えを口にする。
「僕の考えはこうです。孫権の策にあえてのり、荊州城からこちらに兵を回します。そしてその合流した兵と共に樊城に攻め入ります。もし孫権が荊州城に攻め入って来たとしても、人手と人材不足の呉軍では連なる狼煙台の備えを破ることはまず不可能でしょう。そして、曹仁率いる死兵達を倒すのには数で圧倒するしかないと思います」
関羽は目を閉じて黙り込んだ。しばしの沈黙がその場に流れる。そして、軍神はゆっくりと開眼し、こう言った。
「荊州城に留めた兵を樊城攻略に回す。そして、それと合流した後に樊城へと攻め入り、曹仁を討ち取る!」
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