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一 樊城の戦い‐結成、魏呉連合!!-
樊城に押し寄せる関羽の大軍に対し曹仁は徹底抗戦の構えを見せる。
しかし、勢い盛んな関羽軍の前に、曹仁は城を固く閉じ、許昌の曹操に援軍を要請した。
曹操は、于禁を総大将、龐徳を副将とする軍勢を差し向けたが……。
許昌・曹操居城
関羽が于禁を降服させ、龐徳を斬ったことは、許昌の曹操にすぐさま知らされた。
「関雲長、奴の武勇は前々から承知していたが、于禁を虜とし、龐徳を斬るとは……、」
夏侯惇は顎をしゃくって、王座に腰掛ける主に視線を向けた。
「こりゃ樊城を捨てるしかねぇな。……すまねぇな、仁。恨んでくれてもけっこうだ」
主・曹操は頬杖をついて淡白に呟いた。すると、その隣に控えていた妻の卞歌姫は不安そうに口を開く。
「しかし、お前さま。関羽のこの勢いでは、樊城を落とせば直ぐにこの許昌に攻め上がって来るに違いないよ?」
「それならばここもくれてやるだけさ」
「それは、どういう意味だい?」
「都を余所に移して関羽の来襲を避ければいい」
このあまりに大胆かつ無謀な作戦に夏侯惇は堪らず片眉を吊り上げて声を荒らげた。
「おい、それを真面目に言っているならどうかしているぞ」
「真面目もマジメ。大真面目さ。……惇よ、俺は恐ぇんだよ。関羽が恐くて恐くて堪らねぇのさ。俺はあの時、本当は殺されてたハズなんだよ、あの軍神にさぁ、」
脳裏に過ぎるのは、赤壁の地で大敗を喫し、雨の中をほうほうの体で撤退する最中に出会った関羽の姿だった。
「あの時はただ運がよかっただけさ。でも、次に出会ったらきっと殺される。いや、必ず殺される。俺はあいつに殺される」
小刻みに震える自らの身体を抱いて俯く。そんな曹操に夏侯惇は大股で歩み寄ると、その胸倉を掴み上げた。
「乱世の奸雄が何を情けない事をほざいているんだ? 少しばかりの炎に巻かれただけで臆したのか? 今更自分が死ぬのが恐いのか? ……いいか? 本当に恐いのは死なせることだ。自分を省みるな。民や将兵を死なせるな。お前は自分以外を生かすその方法だけを考えろ」
「……それでも、死ぬのは恐ぇさ」
「お前は死なない」
曹操を突き放し、夏侯惇は背を向ける。
「お前は、俺が命に代えても守る」
「そう言って……、淵は、お前の弟は死んだんだぜ?」
悔しげに握られた曹操の右手に卞歌姫はそっと手を添える。しばしの沈黙の後、夏侯惇は振り返らず言った。
「確かに、お前の左腕は捥げてなくなってしまった。だからこそ俺は死ねないんだ。左腕の不足は右腕で補うしかないだろう? それに、俺は死なない」
「……どうして、そう言いきれる?」
「お前が死なないからだ」
「意味、わかんねぇよ、惇……、」
「お前がお前以外を生かす為に生きるなら、俺は死なない。そして俺もお前を生かす為に生きる。だからお前は死なない」
夏侯惇が右腕をひとつ大きく振るうと、袖の中から一振りの短剣が滑り落ちてきた。それをしっかりと握り天へと掲げる。
「覇道を進め、孟徳! そして振り返るな、邁進せよ。お前の道を邪魔する者は全てこの夏侯元譲 が叩き斬ってやる!!」
この決意と勇姿に曹操は目を丸くして驚いていたが、直ぐに口元に笑みを浮かべた。
「……はっ、そう熱くなるんじゃねぇーよ、惇。今にも出撃しそうな勢いだが、ちぃと待ちな。なぁに、仁ならまだ踏ん張れるさ」
剣を下ろし、夏侯惇は振り返る。その口元にも小さな笑みが浮かんでいた。
「歌姫、仲達を呼んで来い」
「了解だよ!」
すぐさま駆けて行く卞歌姫を見送って、曹操は小さく呟いた。
「……別に、礼は言わないぜ?」
夏侯惇はそれが自らに向けられたものだと気がつくと、
「ああ、礼を言われることなどなにもないからな」
苦笑混じりでそう呟くのだった。
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