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建業・孫権居城
一方、曹操から使者を受けた孫権だったが、すっかりと考えあぐねていた。
「ふむ、もともと関羽が曹仁を攻めたら、その隙に関羽の守る荊州に攻め入り奪取する予定じゃったが……、」
「一方で、防備の薄い徐州を攻めとるのも手、ですね?」
甘寧の言葉に孫権は大きく頷いて、ぽつりともらす。
「……興覇よ。こんな時、父上や兄者、そして公瑾ならどう決断すると思うか?」
「俺には、分かりませんね。それにそんなことが分かってどうするおつもりですか? 今の君主は、孫堅様でも、孫策様でも、ましてや公瑾でもありません。貴方なのですから」
孫権は曹操からの書状を畳むと、天井を見上げて息を吐いた。
「分かっておる。先の合肥の戦いの事で少し神経質になっておるだけじゃ。……孔明に上手く転がされ、曹操と戦い、子義や子烈をはじめ多くの将兵を失った」
「……そうですね、」
「のう、興覇。儂は関羽が恐ろしい。彼奴の軍神と謳われる武勇は勿論じゃが、彼奴の後ろに立つ孔明が恐ろしい。公瑾さえも敵わなかった孔明に一体誰が敵うというのじゃ?」
「ん~? それは、俺、じゃないですかね?」
「……へあっ?」
自らを指差しあっけからんと言う甘寧に孫権はどこか肩透かしを食らったようで、思わず間の抜けた声を出してしまった。
「えっと……、興覇。本気で言っておるのか?」
「心外ですね、孫権様。この、甘興覇。いつだって本気ですよ?」
「……はぁ、まぁ、そうなのか」
「何ですか? その微妙な反応は」
「いや、何だ、お主のその自信が羨ましく思うてな……、」
孫権は自らが、父や兄に及ばぬと重々分かっていた。
「我が勇は父に及ばず、我が武は兄に及ばす、我が智は周朗に及ばず。……この様では自信など微塵も湧きはせぬ。のう、興覇。お主の自信は一体どこから湧き出る?」
どこか縋るように甘寧を見つめると、彼は穏やかに微笑んで答える。
「俺の自信は貴方から湧き出るのです」
「……儂から?」
「ええ、そうです。お忘れですか? 先の合肥の戦いにて貴方はそれは誇り高く仰って下さりました。“見事であった! 向うに張遼があれば、こちらには甘寧ありだ!! 曹操も肝を冷やしておることであろう!!”とね」
合肥の戦いにて、たった100人ばかりの兵士を率い曹操の陣に夜討ちに入った甘寧は、敵陣内を縦横無尽に馬を走らせ、手当たり次第に斬ってまわると、一人も欠けさせることなく全員で自軍に戻って来たのだ。
この並外れた甘寧の働きに孫権は狂喜し、合肥全体に響き渡るかのような大声で例の言葉を叫んだのである。
「確かに、そのようなことを言った覚えがあるが……、そんなことがお前の自信とどう繋がるのじゃ?」
困惑する孫権に甘寧はむっと顔をしかめる。
「今そんなことって言いましたね? 孫権様にはたいしたことじゃないかもしれませんが、俺にとってはとても大切なことなのです。……だってそうでしょう? 俺は、孫呉の大切な人達を殺して今ここにいるんですから」
「興覇……、」
「俺は貴方の父君を殺した劉表 の配下で、貴方の大切な部下であり凌統の父君である凌操殿を殺した男ですよ? ……正直、最初はここでうまくやっていく自信はありませんでした。だって俺は歓迎されるべき人間ではなかったから。でも、孫権様」
甘寧は拱手して、その場に片膝をついた。
「貴方は俺に期待し、起用し、信じて、お褒め下さった。俺がそれにどれだけ救われたか。ここにいていいのだと思えた。そして、自分に自信が持てる様になった。……全ては貴方、孫仲謀様のおかげなのです」
「やめぬか、興覇……。儂はお前の思っている程立派な人間ではない。儂は弱い。弱いからお主らを信じることしか出来ぬのじゃ」
自らを慕ってくれている臣に応える事が出来ない孫権は、あまりの申し訳なさから唇を噛んだ。その時、新たな声が響いた。
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