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「信じてくれるだけでいいんだ。俺達を信じて、褒めてくれるただそれだけいい。それだけで俺達は闘える。闘って生き残れる。お前の為に生きたいと思えるんだ」
「……公績、」
やって来たのは凌統だった。彼の後ろには、陸口の守備に当たっているはずの呂蒙が立っている。
「それでよいのです、孫権様。貴方は自らの弱さをわきまえ、他者を活かすことが出来るお方だ。それが孫仲謀の強さです」
「他者を活かす? それが儂の強さというのか、子明よ」
「はい。全は個、個は全。この孫呉全ての知勇が貴方の力。そして、その強大すぎる力を制御し行使出来るのは貴方だけです。それが出来る貴方は誰より強いのかもしれませんね」
孫権は押し黙って呂蒙の言葉を己の中で反芻する。そんな主に凌統は拱手して言う。
「俺は、孫権……、お前の言葉を忘れない。お前は言った。部下が全員帰還しないことをいつまでも悲しむ俺に言ったじゃないか。“死んだ者はもう戻ってこない。だが儂にはまだお主がおる。それだけで十分だ”って、泣きながら。だから俺はどんな逆境に直面してももがいてやる。絶対お前の元に帰って来てやる。……孫権様」
孫権の胸の深い所で温かなものが芽生える。それが“自信”であると彼は確信した。
「……そうか、お主等の力は儂の力か。儂もお主等がおれば誰にも負ける気がせんわな!」
「その通りです、孫権様! 俺も必ず貴方の元へ帰ってきます!」
「おいこら、甘寧! てめぇ、人に便乗してんじゃねぇーよ!!」
「……何だ、お前達。合肥の戦いの最中に和解したんじゃなかったのか?」
頼もしい仲間達を見回して孫権はもう大丈夫だと父や兄達に誓い、ぐっと身を引き締める。
「子明。陸口の守備に当たっているはずのお主がここにおるということは、何か考えがあっての事じゃな? 儂はどうすればよい?」
「はっ」
拱手した呂蒙が前に一歩出る。
「今関羽を叩き、荊州を奪取せねば、今後二度とその機会に恵まれませんでしょう。ご決断下さい」
「よし、儂は関羽を討ち、荊州を奪取する。手筈はお主に任せよう、子明」
「……ならば、僕の勧める人物の起用をお認め下さい」
「お主の勧める人物? 一体誰じゃ?」
呂蒙は入り口を振り返り、入れ、と号した。それに従いおぼつかない足取りでやって来たのは幼い男児だ。
男児はキョロキョロと辺りを見回し、落ち着かない様子で孫権に拱手すると、呂蒙の隣にぴったりと立つ。
「……そやつが、お主の勧める人物なのか?」
「んだよ、ちんちくりんのガキじゃねぇか」
孫権の心情を代弁する凌統を一瞥して、呂蒙は続ける。
「彼は揚州呉郡呉県の陸遜という者です」
「呉郡の陸、遜? ……というと、呉郡の四姓が一角・陸氏の?」
一番に反応を示した甘寧が不安気に主を見ると、案の定孫権は苦い顔をしている。
それもその筈で、その昔、孫権の兄である孫策が袁術の客将をしている時があった。孫策は袁術の命令に従い、陸氏を攻め、時の盧江太守であった陸康 を討ち取っている。この陸康こそ陸遜の従祖父であり父親代わりだった男だ。陸氏はこの戦で一族の過半数を失うという憂き目にあっている。
――そんな陸氏の長である者が幕下に加わったと、今は亡き周瑜に以前聞いていた孫権だったが、こうして見えるのは今日が初めての事だった。
「あう、あうあう。えっと、ご紹介に預かりました、陸遜、字は伯言と申します。初めましてです、孫権様。その、精一杯頑張ります、です」
再び頭を下げようとする陸遜に、孫権は罪悪感から堪らず叫ぶ。
「ま、待て! 伯言!」
「あう?」
「……っ、我が兄者は、お主の――」
「ちゃんと、分かっています。それでも伯言は自分の意思で孫権様のお役に立ちたいと思っています。それはいけないことでしょうか?」
陸遜の真っ直ぐ過ぎる視線に射抜かれた孫権は、溢れ出す嬉しさから思わず王座から立ち上がる。
「我が名は孫権、字は仲謀である! 伯言よ、お主の力に期待しておるぞ! 以後この孫権をよろしく頼む!!」
陸遜は絶句して孫権を見つめていたが、直ぐにその顔を輝かせた。
「はい、勿論です! 必ずや孫権様の治世に希望を響かせてみせるのです!! あう!」
孫権は腰に帯びた剣を抜いて、己の前に突き出す。
「討つぞ関羽を、奪取するぞ荊州を! 我等が孫呉の未来の為に!!」
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