一 樊城の戦い‐結成、魏呉連合!!-

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樊城(はんじょう) 夜も更けた。関羽の計略で水に浸かった樊城では、総大将・曹仁が城壁から敵の陣営を眺めていた。すると、 「仁先輩。何してるんですかー?」 部下である牛金 (ぎゅうきん)がいつもの様ににこにこと笑いながら隣にやって来る。曹仁はひとつ溜息をついて関羽の陣営に背を向けた。 「何をって、何もしてねぇよ。いや、出来ることなんてもう何もないからな」 「でもやるべきことはありますよね? 先輩」 「やるべきことって、お前さぁ……、もうこれ以上俺にどうしろっていうんだよっ!!」 眉を吊り上げて地団駄を踏み、後方に広がる敵の陣営を指差す。 「あんなのに敵うはずねぇんだ!!……于禁は虜とされ、龐徳は斬られた! 援軍なんてもう来ない、俺達はここで終わるんだよ!! てめぇだってそれが分からねぇほど馬鹿じゃねぇだろ!? ええっ?!」 「……そうっスね。俺は自他共々認める馬鹿ですよ。でも、俺には先輩もそれほど利口には見えませんけど? ……よっと、」 牛金は城壁の上に飛び乗り敵陣を見下ろすと、何かに納得する様に頷いた。そして、相変わらず微笑んで言う。 「なんだこれっぽっち。全然先輩の敵じゃありませんって」 「はぁ?」 「だって、南郡(なんぐん)の戦いの時の方が凄かったじゃないですか。先輩、突出して孤立した俺を救出する為に無謀にもたった数十騎で敵軍に挑んだじゃないっスか。それに比べたら軽いもんでしょう? 俺は信じてます。先輩なら殿の救援が来るまでこの樊城を守り抜く事が出来るって」 「金……、お前が何を信じようと援軍は来ねぇよ」 赤壁の戦いで思わぬ敗北を喫したあの時から、従兄弟である曹操の様子が変わったことに曹仁は気が付いていた。 心ここに在らずで、地に足がついていない、そんな様子が見て取れる。 その上、先の定軍山(ていぐんざん)の戦いでは左腕・夏侯淵(かこうえん)を亡くし、今回も于禁、龐徳という勇将を失っているのだ。心情的にもこれ以上の援軍を送ることはしないだろうし、何よりも曹操は関羽を恐れているのだ。 「孟徳は、誰よりも関羽を望み、誰よりも関羽を恐れているんだよ。そうだな、きっと都を移すとか言い出してるんじゃねぇの? ……いや、別にそれはいいんだ。全然恨みだとかは思わない。俺とアイツの仲だからな。逃げる時間位稼いでやるつもりさ。でもな、金。どうしてだろう、俺は恐いんだ。関羽がじゃない。……死ぬのが、恐いんだ」 曹仁は首だけで振り返り、関羽の陣営を再び見た。篝火で明々としている陣全体がまるで炎の様に見え、この城を飲み込み、焼き尽くし、灰へと変えてしまうのでないかと思うほどだった。 しかしそんな上司の不安など尻目に牛金は素っ頓狂な声を出す。 「えー? 逆に死ぬのが恐くない人なんているんですか? 死を恐れるのは人間として当然のことですよー」 「は? いや、俺が言いたいのは、そういう事じゃなくてだなぁ。つまりあれだ。死ぬのが恐いだなんて今更だろって事だよ。俺達は今まで数え切れない殺しをした。そんな奴が死ぬのが恐いって……、何かおかしくねぇか? そもそも、自分も死ぬかもしれないって覚悟で戦って臨むものだろ? お前もそれは同じだろ?」 「んんー? 先輩の言う事は少し俺には難しいなぁ。でも俺、死ぬのはフツーに恐いっスよ? 死にたくないから相手を殺すんだし。まぁこの乱世、生きる為には戦って勝つしかないでしょう? ……先輩は死を覚悟してって言うけど、俺は違う。俺は戦って、生き抜いて、その先の未来を必ず見るんだって覚悟で戦に臨んでる。今だってそうですよ」 夜空を見上げてそう語る牛金に曹仁はただ呆れるだけだった。この部下はこの期に及んで何て馬鹿げた事を言うのだろうか? 強がりにしてもおこがましい。 「……俺はもう城内に戻る。お前もさっさと戻れよ」 こんな男と話すことはもうなにもないと思い立つと、階段の方へと向う。 「先輩!」 牛金の声が背中に刺さり、一旦足を止める。 「先輩、俺と賭けをしましょう。俺は殿からの援軍は来るという方に賭けます。先輩はその逆です。そしてこの賭け、俺が勝ったら先輩は俺の借金を帳消しにする事! そして、もし先輩が勝ったなら、……あの世でもお供しますよ、曹仁先輩」 曹仁は再び歩き出すと、小さく呟いた。 「……勝手にしろ」
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