四 悲運の皇子、憎しみを連れて……

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上庸 上庸を守る劉封の元へ、養父・劉備から使者が来た。言うには劉封を綿竹(めんちく)の太守に任命するということである。劉封はこれを快諾し、使者を帰す。 「劉封様、劉備様は一体何の用だったでヤンスか?」 使者と入れ違いにやって来た孟達は険しい顔をしている。 「父上はどうやら私に綿竹を任せてくださるみたいだ」 「……大出世でヤンスね、」 「貴方の所にも使者が来ていた様だけど、どうだったのかな?」 「おいらも同じ様なものでヤンス」 無論関羽の死は上庸の2人も聞き及んでおり、なんらかの制裁はあると思っていたがこれでは真逆である。 「……これは一体、どう考えたらいいでヤンスかね?」 「そうだね……、」 しばし考えを巡らせた後、劉封はポツリと言う。 「私達を離れ離れにして捕えるつもり、かな……」 「なっ、それはあんまりでヤンス!! 確かにおいら達は兵を出さなかったでヤンスが、それはこの上庸を守る為。あそこで兵を動かせば無駄死にの上、魏の版図を広げる事になっていたでヤンス! それなのに、それなのに……、」 あまりの悔しさにそれ以上言葉が続かず、代わりに涙が零れ落ちた。 「可哀想に。しかし乱世とは儘ならぬものだよ」 俯き噎び泣く孟達の頭を撫でながら劉封はそう自分にも言い聞かせた。 「……すみません、すみません、おいらがあの時、兵を出していればこんな事にならなかったのに……、おいらのせいで、劉封様まで。本当に申し訳が、ないでヤンス……!!」 「そう自分を責めるものじゃないよ、孟達殿の判断は正確だった。だが父は仁の方だ。慈しみ深いからこそ叔父様の死をどうしても許すわけにはいかないのだろうね」 優しさの生んだ悲劇だと思うと、孟達も劉備を憎むに憎みきれない。元々彼も劉備の人柄に惚れ込んで部下になったひとりである。 しかしだからといって、こんな理不尽な理由で捕まって、そして殺されてしまうのは納得出来ない。それも劉封をも巻き込んで。――だとすれば、方法は一つしかない。 「劉封様、逃げましょう。このままこの国に居ては殺されてしまうでヤンス!」 しかし、劉封は困った様に微笑み、頭を撫でるだけだ。 「今なら魏に投降するのがいいでヤンス!! 一緒に魏に落ち延びるでヤンスよ!」 「ああ、滅多な事をお言いでないよ、孟達殿。魏の曹丕は朝廷をないがしろにした逆賊ではないか。そんな事を言い出すとは、貴方は余程疲れている様だね」 真面目に取り合おうとしないその態度に、孟達は頭の上の手を払いのけて縋りつく。 「そんな事、どうだっていいんでヤンス!! おいらは、おいらは死にたくない、でもそれ以上に劉封様を死なせたくないんでヤンスよ! ……守るから、追っ手が来たとしても絶対に守るから、魏の国に着いてからも守るから、これから先、ずっと、ずっと、貴方を守り抜きますから!! どうかおいらと逃げて下さいでヤンス!!」 必死の剣幕で訴えかける孟達の姿に劉封は鼻の奥がツンとして目頭が熱くなる。 「ありがとう、貴方の本気は分かったよ。こんな私を思っていてくれてとても嬉しいよ。……そうだね、貴方との逃避行も悪くないかもしれないね」 「な、ならおいらと一緒に逃げてくれるでヤンスね!?」 「……いや、それは無理だ」 「……は? ……何でそんな事を――ぐっ!!」 言葉が終わる前に鳩尾にずっしりとした衝撃が走る。そして、そのまま孟達は気を失い劉封に身を預けた。 「私にはまだやるべき事が残っている。私にしか出来ない事が……。だから、生き残るのは貴方だけでいい」 劉封は孟達の腹心を集めると事情を話して直ぐに魏に投降する様に命じた。腹心の部下達はおいおいと泣きながら、主の孟達を連れて洛陽に向った。 そして、劉封自身も上庸の守りを申耽(しんちん)に任せるとそ知らぬ顔で綿竹へと向うのだった。
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