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「あれ、織本、まだいたのか?」
先生が葉月に言った。葉月はぎゅっと目元をこすってから、ゆっくりと顔を上げる。
「慧ちゃん」
葉月の声に、先生の顔色が変わった。
「ごめんね。学校ではそう呼んだらいけないのに……でも今日だけは呼ばせて」
先生は黙って、葉月のことを見ている。私は机の下をくぐりながら、そんな二人に近づく。
「私ずっと、黙ってた。言っちゃいけないと思ってた。でも黙ってるのすごくつらくなっちゃって……」
黙ったままの先生に、葉月が言う。
「慧ちゃんにとっては、私はただの生徒でいい。でも私にとっては、慧ちゃんはただの先生なんかじゃない。慧ちゃんはいつまでも慧ちゃんだから。小さい頃からずっとそばにいてくれた慧ちゃんだから」
「葉月……」
先生が葉月の名前を呼んだ。私は机の下から手を伸ばす。葉月の指から下がっている糸に手を伸ばす。
だけど葉月はすっと手を動かして、カバンの中からシュークリームを取り出した。
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