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「よし。俺がやる」
恋野くんが手を伸ばす。だけどそよそよと吹く風が赤い糸を漂わせ、つかむことができない。
「つ、つかめねぇ……」
恋野くんの手が何度も空を切る。糸は恋野くんの手から逃げるように、ふらふらと風に揺れている。
「は、春菜……あの、俺……」
頭の上から桜庭先輩の声が聞こえてきた。緊張しているのか、少し震えている。私と向かい合った時とは全然違う。
「くそっ、もうちょっとなのに……」
「わ、私がやる!」
私は茂みの中から思いっきり手を伸ばした。そして目を閉じたまま、その手をぎゅっと握りしめる。
「ナイス! 紅子!」
隣から恋野くんのささやき声が聞こえた。目を開くと私の手が、赤い糸をしっかりとつかんでいる。
あとはこれを桜庭先輩の小指に結んで……そう思った瞬間、今度ははっきりとした、先輩の声が聞こえてきた。
「俺、春菜のこと、ずっと前から好きだったんだ」
ぐさっと胸になにかが刺さった。握りしめた手がかすかに震える。
先輩が春菜に告白している。春菜のことを「好き」って言ってる。
じわっとあふれそうになる涙を、寸前でこらえた。だけど私の手は、赤い糸を握ったまま動けない。
早く、早く、これを結んであげなきゃ。
先輩には好きな人と結ばれて欲しい。私みたいに悲しい想いはして欲しくない。
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