第5話 不屈の男

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 体育館の隣にある格技場から、気合の入った声が聞こえてくる。放課後のこの時間、柔道部の部員たちが稽古に励んでいるのだ。  私は恋野くんと一緒に、中庭の隅からその様子をのぞき込んでいた。 「あれなんて書いてあるんだ?」  隣でしゃがんでいる恋野くんが、壁にかけられている垂れ幕を指さす。そこには『不撓不屈』という文字が書かれてある。 「『ふとうふくつ』どんな苦労や困難にも決してくじけないってこと、みたいよ」 「へぇ……」  恋野くんはどうでもいいように返事をしてから、植木のそばに座り込んだ。 「俺、こういう男くさいのって無理」  たしかにこの中で練習しているのは、恋野くんみたいなチャラい人間とはまったく違うタイプの人たちだ。きっと恋野くんなんか、一発で投げ飛ばされてしまうだろう。 「無理とか言ってないで、どの人か教えてよ。柔道部主将の柿沢先輩って人」  私はだらけた恋野くんの袖を引っ張る。恋野くんは面倒くさそうに答える。 「見りゃわかるだろ。主将だぞ? 一番ごつくて強そうなやつだよ」  私は部員の中で、一番強そうな人を探す。そして誰よりも体が大きく、一番大きな声を出している人を見つけた。  あの人かもしれない。髪は潔く短く、顔は大人びているというか……ちょっと高校生には見えない。  するとその人が私の目の前で、あざやかな背負い投げを見事に決めた。
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