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恋野くんについていくと、ひと気のなくなった三年生の教室に、柿沢先輩がぽつんと一人でいた。柔道をやっている時とは別人のように、覇気がない。
男の人と歩いていた桃香ちゃんを見て、落ち込んでいるのかもしれない。
そんな柿沢先輩に恋野くんが声をかけると、先輩はすごく嫌そうな顔をした。
「なんだよ、お前ら。昨日から俺のまわりをうろちょろと」
「今日はメガネちゃんのあと、ついていかないのか?」
恋野くんの言葉に、先輩がさらに顔をしかめる。でもなにも言い返さず、代わりに深いため息をついた。
「いいんだよ、もう。あの子には彼氏がいるし。わかってたんだ、もうだいぶ前から」
「は? それ、あの子にちゃんと聞いたのか?」
先輩が顔を上げて恋野くんを見る。
「聞けるわけないだろ! あの子は俺のことなんか知らないんだし」
「じゃあ知り合いになればいいじゃん。俺たちはもうなったけど? なぁ」
恋野くんが私に同意を求める。私はあいまいにうなずく。
「俺はお前と違うんだ。そんな簡単に女子に声をかけられるわけないだろ」
「だったらこのままあきらめるわけ? 柔道部の主将ってたいしたことないんだな。『不撓不屈』の精神って、口だけかよ」
先輩がはっとした表情で顔を上げる。そしてなにか言いたそうに恋野くんを見たあと、すぐにすっと視線をそらした。
「……なんとでも言え。お前に俺の気持ちなんかわかるものか」
恋野くんはじっと先輩のことを見つめたあと、私の背中を押した。
「帰ろう。こんなやつほっといて」
「でも……」
「いいから。帰るぞ」
恋野くんに押されて廊下へ出る。柿沢先輩は席に座ったまま、背中を丸めてうつむいている。その姿はなんだかとても小さく見えた。
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