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……。起きたら、俺のタマが……。
ああ、俺もタマなし猫になってしまった。
ある日突然やってくる怪異減少、タマなし。野良の間じゃ、バカにされる存在。
まぁ、タマなし猫の方が多いんだけどな。だから、タマありの俺は幅を利かせやすかったんだが……。
しばらくして、タマのあった辺りの痛みが癒えたころ、俺は、元の場所に放たれた。
(怖い……)
なんだか心細く、怖い俺は、草むらへ駆け込む。
「お、マル。最近見なかったが、どうしたんだ?」
(しまった、みつかった!)
最も会いたくないやつ、ガキのころからのケンカ相手と鉢合わせしてしまった。
「い、いや、その、ブルは元気だったか?」
なんでか体がいうことをきかず、俺の体が逆立ち始めている。
「お前、タマなしになったのか」
そう言うや否や、ブルは俺に跳びかかってきた――。
俺は、負けた。
全く体が思う通りに動いてくれなかた……闘う気力も湧かない。
ああ、俺はこれから自由に手に入れられない。勝てない俺はもう――。
ボーっと歩き回っていると、いつぞやのボス、リンとその仲間集団に行き当たり、俺は固まった。
ギロリとしたリンの目と合わせてしまい、俺はすぐさま視線をそらし、そろーりと後退りを開始する。
リンの風格は依然と変わらず、逃げろと本能が俺に告げている。
「待ちたまえ」
リンに話しかけられ、俺の体がびくりと逆立つ。
けど、話しかけられた時の違和感に気づき、リンをよく見る。
違和感――、それは、しわがれ声。
そして、 リンの毛並みは艶やかさを失っていた。
(あの体で、俺と戦ったのか⁉)
「若造よ、この間のことは水に流そう。仲間にならんか?」
驚く俺に、予想外の言葉が投げかけられ、俺はきょとんとリンを見つめるしかない。
「そうせざるをえなかったんじゃろ? 本能のままに、戦わざるをえなかったんじゃろ?
ワシもそうだった。タマありのころはな……」
と、リンが遠い目をしているが――、いや、タマなしでこの風格やば過ぎだろ。タマあったら、どんだけこいつ強いんだ?
てか、本能? 俺は、本能で戦っていたのか? いや、そうではなく――
「あの、本能というよりも、勝たなければ、生き抜けないのでは?」
「フハハハハ!」
「何がおかしい? そうだろ?」
「じゃぁ、なんで、縄張りを広げて知らぬ地まで来た?
生きるためだけなら、広げる必要はあるまい」
「あ……」
リンに返す言葉がなかった。
「仲間とともに生きる――そういう生き方もある。
ワシら、タマなし同盟にようこそ。仲良くいこうじゃないか」
リンはそう言うと、俺に体をこすりつけてきて、なめまわし出した。
それは――、それは、とても懐かしい暖かさで――、母親を思い出す。
俺もいつしか無心になってなめ返す。
――あれから一年。
俺は、今日も猫饅頭の中で丸くなる。
仲間同士のぬくもりを感じながらの昼寝は最高に心地よい。
戦い、勝てねば生きられない――そう思ってたんだけどなぁ……。
空を見上げたマルの頭上を蝶が舞う。
春の陽気に誘われて、どこからともなくやってきた蝶。
その蝶を眠気眼で追ったマルは、フッと笑うと、また目を閉じ、昼寝に没頭するのだった。
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