一文無しのハリウッド逃避行

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 ―――無一文になった。事業が失敗した後に、三十三歳にして自己破産したのだ。  おれ、赤羽慶一(あかばねけいいち)は、手元に残った雀の涙ほどの全財産を手に、アメリカ合衆国L.A.の地に降り立った。  バックパックを背負い、日本で入手した現地の地図を片手に大通りの坂道を上っている。だが、手元の地図では目的地までのルートが簡略化されすぎていて、まるで助けにならない。  溜息を吐きながら、自分の勘を頼りに目的地である『HOLLYWOOD』の文字を目指して足を進めた。  ふと、丘へと繋がりそうな急勾配の坂がある住宅街を見つけ、なんとなく目的地に通じるような気がしたおれは坂道を上りはじめた。  こちらの四月は、相変わらず日差しが強く照りつけていて乾燥している。水分を持ってきて正解だったと、途中、ミネラルウォーターで喉を潤しながら思った。  不意に、開けたところが現れ足を止めた。目の前に現れた絶景に、思わず期待に胸を()せた。ここから、ハリウッドの街並みが一望できる。木々に囲まれた森のような住宅街のずっと下に、建物や高層ビルがひしめき合っている。  おれは確信した。ハリウッドの街を見下ろせるこの場所は、間違いなく『ハリウッドヒルズ』であると。ここまで辿り着けば、あとは目的地を目指して上っていくのみ。額を伝う汗を拭うと、上を目指して再び歩き出したのだった。  ―――見える。住宅の合間から、白い看板でつくられたハリウッドサインがすぐそこに見えている。  はやる気持ちを押さえつけ、上へ進んで行くと、突如観光客と思われる人たちが現れ、とあるフェンスの中へと入って行くところが見えた。 (あそこが、入り口か……)  観光客に続いて、おれもそのフェンスを潜った。すると、辺りに白味を帯びたベージュの土が見えた。ここまで上ってきた道のりはアスファルトであったが、ようやく、この土地の色を知ることができたのだ。  土の感触を踏みしめるように自然のままにできた坂を上っていくと、今の今まで目指していた『HOLLYWOOD』の文字が間近に拝むことができた。  反対側には絶景が広がっている。ハリウッドヒルズの(ふもと)の下、道中で見た景色よりも壮大にハリウッドの街が一望できた。雲一つないブルースカイ。地上との境をぼやかすように広がる薄い霧。思わず時を忘れるような美しさだ。  もう一度、後ろを振り返った。想像していたよりも『HOLLYWOOD』の文字は小さく感じる。もしかしたら、一文字一文字を支える支柱さえ見て取れるこの場所からは、近いようでまだ距離があるのかもしれない。  だが、この土肌のような自然な道を登っていくには、トレッキング用の靴が要りそうだ。事実、周りの観光客の中にはトレッキングの装いをした人も少なくない。 (仕方ない。これ以上、上に行くことは諦めるとしよう)  写真映えするであろうハリウッドサインの前で、ポーズをとりカメラを構える観光客の傍ら、おれは記憶として己の瞳でシャッターを切ったのだった。  ―――どのくらい、この街のアイコン的サインと壮大な絶景を交互に眺めていたのだろうか。肌が熱い。結構な日焼けをしている気がする。 (日が陰る前に、行くとするか……)  名残惜しい気持ちを抱えながらも、最後にここから見渡せるすべての景色をパノラマとして瞳の奥に焼きつけた。  元来た道を戻ろうとして、ふと観光客が下っていく別の道の存在に気がついた。そして、今履いている普通のスニーカーでも大丈夫そうだと思ったおれは、迷わずにその道を進んでいった。  正解だった。土の道に自然の植物たち、この地を感じながら、目線を上げればハリウッドサインまで望むことができる。  だが、道は真っ直ぐ続いているわけではない。下るにつれ、いつしか土の壁と植物たちに囲まれていた。  観光客に続き下っていくと、不意にアスファルトの道へと出た。その先では、観光客が写真撮影に夢中になっている。その横を通り過ぎ、下に見えた広場を目指した。
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