一文無しのハリウッド逃避行

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 車を走らせること数十分、ハリウッドヒルズに位置する住宅地に入ると、とある門を潜り豪邸へと続く道を上りロータリーで停車した。敷地内はライトアップされ、美しい夜景の輝きを放っている。木々に囲まれた広々とした敷地、建物はガラス張り、豪勢でモダンな雰囲気がある。 「(ここは、レンタルしているのか?)」  車を降り、辺りを見渡していると車から降ろされたSophieがリードをつけずに駆け寄ってきた。デニム越しに脚に鼻を押し付けられ、硬直する。 「(まさか。ぼくの、持ち家の一つだよ。――Sophie!)」  この豪邸を所有しているというのか、もしかすると、とんでもない大富豪に助けられたのかもしれない。だが、この場所が新興住宅地などであった時代に、親が購入した家を相続したという場合もなきにしもあらず。しかし、この広さ綺麗さを維持するにも、それなりに金がかかるはずだ。 「(君は一体、何者なんだ……?)」  この豪邸の家主とは思えない装いをした男を、まじまじと見つめた。 「(申し遅れました。ぼくの名は、Jaxtyn(ジャクスティン) Ortiz(オーティス)といいます―――)」  Jaxtynは、帽子を脱ぎ去るとブロンズの髪を掻き上げて左手を差し出した。咄嗟に左手を出すと、「Nice to meet you」という言葉とともに、大きな手によって力強く握りしめられた。  自分も名乗ると、そのまま引き寄せられハグをした。よれたTシャツの上からはわからない逞しい身体つき、彼は着痩せするタイプなのかもしれない。  豪邸の中へ案内されると、思わず感嘆の息を吐いた。階段を上った先に現れた両開きの玄関扉、彼の身長でも難なく通り抜けられる高さがあった。中へ入ると、広々とした空間に大理石の床が現れ、その先には夜景を覗かせているガラス張りの壁面が見えた。 「―――ところで、Jaxtyn……。君は、一体なんの仕事をしているんだ? ここは、自分の金で手に入れたのか?」  彼を振り返ると、なぜか機嫌良さげにリュクスな空間を奥へと進んでいった。その後をついて行くSophieから距離を保ちつつ、室内を観察しながら後に続いた。ガラス越しに豪勢な裏庭が、そしてずっと奥に薄っすらと『HOLLYWOOD』の白が浮かび上っている。 「さあ、なんだと思う? ここは、もちろん自分のお金で手に入れたよ。まあ、ぼくのことよりも、まずは君の話が聞きたいな、Kei―――」  一文無しの自分を拾ってくれた、よれたTシャツに短パン、ビーサン姿の男は、実はとんでもない金持ちであったようだ。  ―――夜景を前にソファへと座り、ウイスキーに浮かぶ琥珀色を纏った氷を見つめながら、徐に口を開いた。  二年前、日本において教育ビジネスに手を出した。『自ら考え、学び、それを発信できる』を教育理念として掲げ、英語に特化したマンツーマン指導を売りにする家庭教師派遣会社を設立した。  丁度、英語科目が義務教育の一環として小学校中学年において必修となり、教育ビジネスにおいても勢いがつくと見越して、ベンチャー気質、中小企業でありながら宣伝や広告にも力を入れた。従業員はアルバイト、その殆どが学生であった。雇用しやすい反面、定着率の低さやドタキャンは問題であった。  また、一定の範囲内であれば顧客が負担する交通費を一律にし、超える場合は会社が負担していた。それに加えて、過剰な広告宣伝費はいつしか利益を上回り、杜撰(ずさん)な収支計画が露呈されていた。  だが、必修科目となった英語学習の需要はこれからも増していくと見込み、事業が軌道に乗りさえすれば、難なくリクープ(利益回収)できるだろうと安易な考えでいた。  しかし、現実は甘くはなかった。従業員への給与支払いを資金繰りで(しの)ぎ、延命措置を講じていたつもりであったが、ついに金融機関への借入金返済が滞ってしまったのだ。そして、杜撰(ずさん)なキャッシュフローを知った金融機関からは即、取引が停止された。  必然的に給与支払いが滞り、結果的に顧客への授業料諸々が返済不能となり、果てには自己破産という選択をせざるを得なかった。
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