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呪うは秘密の花みぞれ
天候のみぞれといえば雨と雪が混ざって降る現象を指し、どちらかといえば白や青といったイメージが付きやすい。
しかし女幽霊のミゾレはその名前に反して、赤い着物が似合う派手な顔立ちをしていた。
「ふわわ…今日もいい天気ねえ」
朝日が降り注ぐ古い街を窓から見下ろしつつ、ミゾレはのんびりとあくびをする。幽霊だというのに、太陽の光を恐れる様子はない。
古い街の中央から少し外れた場所にある簡易宿泊所『愛光館(あいこうかん)』が、彼女の住処だった。
「よぉーし、今日も楽しみますかあ!」
ミゾレは幽霊らしからぬ弾んだ声で言うと、通路側に顔を向ける。
その時、部屋と通路を区切る木製のドアがいくつか開いた。中から老人たちがのっそりと出てくる。
「うお…うぃ~」
「もう朝か。腹減った……」
老人たちの顔には人生の悲哀が刻み込まれており、身なりはだらしなく崩れている。どちらかというと、ミゾレよりも彼らの方が幽霊に近い雰囲気をまとっていた。
愛光館は簡易とはいえ宿泊施設なのだが、賃貸アパートに近い性質を併せ持っている。金を持ってきさえすれば空いた部屋にすぐ泊まることができる部分は宿泊施設、チェックアウトなどの時間を気にする必要がない部分は賃貸アパートに似ていた。ここを長年利用する者は客というより住民であり、先ほど部屋から出てきた老人たちも全て住民だった。
ここに客としてやってくる者たちもごく少数ながら存在する。しかしほとんどの場合、彼らは夜明け前に出て行ってしまう。陽が昇ってから廊下に現れることはなかった。
そして客と住民どちらにおいても人間の女性は存在しない。たったひとり幽霊のミゾレだけが、愛光館に存在する女性だった。
「んっ…? おぅ」
「おはよう」
老人たちはおぼつかない足取りで廊下を歩き、階段前にある広場で顔なじみと挨拶をする。かつてこの広場は、仕事を仲介する者が肉体労働者を集めて点呼をとる場所だった。
仲介する者といっても正規の業者とは限らない。正規ではない仲介者に目をつけられた労働者たちは、どこに向かうのかも知らされないまま現場へ連れていかれた。無事に帰ってくる者もいれば、帰ってこない者もいた。
若い労働者がいなくなった今は、正規であるなしに関わらず仲介者が建物の中に入ってくることはない。広場は点呼場としての役目を終え、住民たちが自由に使えるフリースペースとして活用されていた。
「いらはい、いらはい! 安いよ~」
「ちょっ、お前それイカサマじゃろ!?」
広場には誰かが捨てたよれよれの雑誌を売る者や、ささやかな額で賭け事を行う者がいたりする。形式は変化し人数も大幅に減ったが、人が集まるという機能は持ち続けていた。
「あいつどうした? 1週間くらい前に来たヤツ」
「パクられよったで。変に騒いどったから、サツにチクられてな」
「クスリか。そりゃ運がなかったなあ」
愛光館を含め、この街では倫理観が普通の街とは異なる。
犯罪者であろうと、ただいるだけで敵視されることはない。住民にとって実害のある行動をとった時に初めて、排除へとつながる動きが起こる。
たとえば薬物に溺れていようと誰も知ったことではないが、それを使って興奮し住民の安眠を妨害すると警察を呼ばれる、といった具合である。
来る前に何をしていたかよりも、来てから何をしたのか。
それが重視される街だった。
「あ、そういえば昨日バタバタしてたわねえ…」
ミゾレは老人たちの話を聞いて納得する。この街において捕物はありふれた光景であり、いちいち驚く住民などいない。
やがて話を聞くのにも飽きた彼女は、その場から離れる。ふわふわと漂いながら通路内を移動し始めた。
ミゾレは幽霊なので当然足はなく、壁も床も天井もすり抜けてどこへでも飛んでいける。しかし愛光館から離れることはできなかった。
土地や建物から離れられない霊を地縛霊という。ミゾレも、自身が地縛霊だという自覚を持っている。
ひとつの場所から離れられないとなれば窮屈な思いをしそうなものだが、愛光館の中は縦横ともに広い。老人ばかりとはいえ人間もそれなりにいるおかげで、彼女は窮屈な思いをすることも退屈することもなかった。
「もう起きてるかな?」
ミゾレはいくつかの床と天井を突き抜けて、2階へと下りてくる。
広場に行くと、壁にもたれて銀色の小型水筒に口をつけている老人がいた。
「あっ起きてる。ゲンさ~ん」
彼女は老人の名を呼び、手を振りながら近づいていく。
その時、ゲンがハッとした顔で水筒を下ろした。
「おほぉ…!」
目尻にいくつもの笑いジワができる。くたびれた細い体に生気がみなぎった。
「嬢ちゃん、今日も来てくれたんか。ありがとうなぁ」
本来なら人間の視覚が幽霊を捉えることはない。しかしゲンには彼女の姿が見えていた。
ただ他の者には、彼が虚空に向かって話しているようにしか見えない。通りがかった老人が、呆れた様子で声をかける。
「ゲンさんまた何か変なの見てんのかぁ? 嬢ちゃんなんかおらんじゃろが」
「ふふっ、お前にはわからんかあ。べっぴんさんがそこにおるんじゃぞ、またわしに会いに来てくれたんじゃ」
嬉しそうに言うゲンの腕には、注射の痕がいくつもある。銀色の小型水筒、スキットルにはウィスキーの原液が6割ほど入っていた。
しかし彼は薬物による興奮状態にあるわけでも、幻覚を見ているわけでもない。酒に酔ってはいるが、ミゾレの存在を確実に感じ取っていた。
その証拠に、彼女がそばに下りてくるとゲンの目はしっかりとその姿を追う。
「ほぉら、今わしのそばに来てくれとる。ふへへっ」
彼は何日も洗っていない顔で嬉しそうに笑う。前歯の抜けた口の端から泡を飛ばしながら、得意げにこう続けた。
「毎日毎日来てくれるんじゃぞ、この嬢ちゃんは絶対わしに惚れとる!」
「何を言っとるんじゃ…いよいよ頭が終わってしもうたか? 医者呼んじゃろうか?」
「バカ言え、医者なんか何の役にも立たんわい! わしゃ今から嬢ちゃんと楽しむんじゃ、お前はどっかいけ! しっしっ!」
ゲンはそう言うと、しみだらけのズボンを脱ごうとする。
それを見た老人があわてて駆け寄り、彼に向かって拳を振り上げた。
「このバカ、朝から何をおっぱじめるつもりじゃ!」
「ぐわっ」
「こくんなら中でやれ! 粗末なもん見せんな!」
一息に吐き捨てると、老人はどこかへ行ってしまった。
「あいたた…」
ゲンは殴られた頭をさすると、痛み止め代わりにウィスキーを飲む。それからミゾレに向かって思いの丈を口にした。
「なあ嬢ちゃん、わしと結婚せんか? いや抱かせてくれるだけでもええ。とにかくヤらせてほしいんじゃ」
「ふふっ、ごめんね~? あたし幽霊だからどれもしてあげらんないなあ。するとこ見ててあげるのは…まあできなくもないけど」
「お前さんは不思議じゃ。クスリで気持ちようなっとる時は見えんかったのに、酔っとる今ははっきり見える…一体どこから来たんじゃろうなあ?」
「さあ、どこかなあ? あたしもそこらへんはよくわかんなくてねえ」
「昔、おとぎ話で読んだ天女さまかもしれんなあ? なあ、いいじゃろヤらせてくれ」
「ゲンさんいつもべっぴんさんって言ってくれるから、あたしもそうしてあげたいんだけどね~」
「恥ずかしがっとるんか? そうじゃわしの酒をやろう。飲めば気持ちようなってな、すぐに大洪水じゃ。ほれ、飲め飲め。な?」
「ふふっ、ごめんねゲンさん」
ミゾレはゲンの頭にそっと手を乗せる。
「生きてた時ならともかく、今はもう無理なんだ。また気が向いたら、夜にお邪魔するね」
彼を優しくなでると、笑顔を見せつつふわりと離れた。
ふられたゲンは寂しげに唇を噛む。しかし立ち上がって追ってくることはなかった。
「さて、と…」
2階広場を離れたミゾレは壁に入り込む。その向こうには1畳半ごとに区切られた部屋があった。
陽が出ているうちにこの狭い部屋で過ごす者はほとんどいない。しかし中には眠ったままの者もいる。
ミゾレは今日も、そういった者を見つけた。
「…あ」
綿がつぶれて薄くなった布団に、濃いオレンジから赤黒く変わるグラデーションが染みついている。
それは便混じりの血液であり、横たわっている老人の尻から出ていた。
「ショウちゃん…昨日まであんなに元気だったのに」
老人は死んでいた。
看取る者もなく、血を吐くなどというスマートさもなく、ただ部屋中に汚物と悪臭をまき散らして死んでいた。
「…ショウちゃんはいつも、お姉ちゃんの話してたよね」
ミゾレは悲しげに微笑む。
「とてもきれいだけどだらしないとこがあった、って。ショウちゃんは家族だからその部分を見ることができて…いつもドキドキさせられてたんだよね」
彼女は天井と遺体の間をゆったりと泳ぐ。やがて頭を下に向け、海の底へ潜る人魚のように枕元へ近づいていった。
「ショウちゃんはお姉ちゃんのことが本当に好きで…でもお姉ちゃんは優しくしてくれなくて。それが寂しくてつらかった」
ミゾレの声には、まるで故人を偲ぶ肉親のような優しい響きがある。
その響きを感じ取ることができる者はいない。
彼女もそれをわかっている。
わかった上で、死んだ老人に向かって語り続けた。
「何回か、めちゃくちゃなお酒の飲み方をすることがあったね。そういう時は決まって、殺したくなかったって言いながら泣いてた。誰にも信じてもらえなかったみたいだけど、あたしは信じてる。本当は、お姉ちゃんを大切にしたかったんだよね」
すえた脂の臭いが立ちのぼる老人の頭に、ミゾレのぷっくりとした鮮やかな赤い唇が触れる。それは別れのキスだった。
彼女は唇を離すと、微笑みから悲しみを消しながらそっと告げる。
「今までよくがんばったね…本当に、おつかれさま」
即席の告別式が終わってから6秒後。
ドアのカギが乱暴に開けられた。
「んむ、うぉ」
大きな体の男がドアを開けて入ってくる。
彼は汚れ仕事を担当する下男だった。異臭に気づいた誰かがここに呼び寄せたのだ。
「んもん、ぅお」
男の顔はだらしなく崩れていて、何も食べていないのにずっと口が動いている。
「グッちゃん、おつかれさま」
ミゾレは遺体から離れつつ声をかける。しかし当然ながら、下男が反応することはなかった。
彼は自身が汚れるのも構わずに死体を担ぎ上げ、部屋を出ていく。しばらくすると布団も同じようにどこかへ運び、中を掃除した。
「さい、ごうぉ」
仕上げに消臭スプレーを部屋全体にかける。ノズルから発射された粒子が空間に溶けて消える頃、男はドアのカギを閉めて帰っていった。
部屋は再び、何事もなかったかのようにしんと静まり返る。ミゾレひとりが残された。
彼女は老人がいた場所をじっと見つめていたが、やがて寂しげにこう言うと部屋を出ていく。
「あたしが言うのもアレだけど…ショウちゃん、成仏してね」
愛光館では、人の生き死にが日常茶飯事だった。
寄る辺ない老人たちにとっては終の住処。
警察や借金取りから逃げる者たちにとっては一時の隠れ家。
ここから出られなくなった者たちと、ここに逃げ込んだ者たちが巻き起こす飾り気のない人生模様。それを、ミゾレは何十年と見てきた。
「不思議だね…みんないつかは死んでいくのに」
愛光館の屋上からは、この街にしがみついて生きる人々が見える。時に笑い、時にいがみ合う彼らを見ていると、彼女は寂しさと安心感が同居した感覚に襲われる。
不思議とそれは心地よく、しかし鋭く心を刺した。
「結局みんないなくなるのに、なんで寄り添うんだろう…もちろん、そうしなきゃ生きていけないってのもあるんだろうけどさ」
つぶやくミゾレの声は震えている。彼女は幽霊になってもう何十年と経つが、死を軽く流すことはできずにいた。
遺体に向かって生きていた時のことを語りかけるという行為も、死を看取ったことで生まれた感傷から始まっている。老人たちが持つ汚らしさや罪を忌避するのではなく、彼らの生きた証として憶えていてあげたいという思いが、彼女の中にはあった。
「…ん?」
ミゾレはふと、視野で何かが蠢いているのに気づく。遠くに向けていた目を愛光館近くに寄せた。
建物のそばに、かなりの人数が集まっている。その中心には黒塗りの高級車があった。
「なんだろ、あれ…」
パレードといった様子ではない。どうやら人々が車を取り囲んでいるようだ。
昔は大規模なケンカや暴動なども起きたが、近年は集まっても5人程度で終わることが多い。しかし今見えているのは、黒山の人だかりと言って差し支えないほどの集まりだった。
「いってみよ」
ミゾレは屋上の床に飛び込む。他の階を一気に突き抜けて、1階へと下りてきた。
通路の窓から外の様子をうかがう。
すぐに、人だかりを構成する老人たちの怒号が聞こえてきた。
「おいふざけんな! ここを出ていけだと?」
「誰が養ってやってると思ってんだ!」
「立派な車乗りやがって! 俺らに金よこせ!」
「6875から93引いたら、五右衛門風呂が朝をもぎ取れるって言ったじゃねーか!」
彼らのほとんどは車に乗っている誰かに向かって怒鳴っていたが、中には騒ぎそのものにあてられて通常の者には理解不能な言葉を放つ者もいた。
ミゾレは意味を取ることができる声を拾い、状況を分析する。
「ここのオーナーが来てるの…?」
それは珍しいことだった。何十年と住んでいる彼女でも、所有者の姿を見たことはない。
一体どんな人物がこの愛光館のオーナーなのか。興味をそそられたミゾレはじっと目を凝らし、人々の間から時折のぞく車を見つめる。
すると後部座席に、黒いスーツを着た老人が座っているのを見つけた。
「……!」
瞬間、ミゾレの全身が震える。
「この人…いや、コイツ……!」
風がないにも関わらず、長い黒髪が乱れ上がる。
瞳は赤く染まり、顔が怒りで引きつった。
”…嘘じゃない! なんでわかってくれないんだ!”
脳裏に蘇るのは男の言葉と鋭い目、そして強い光で真っ白になった視界。
ミゾレは、なぜ自分が幽霊になったのかを思い出していた。
「金悟(きんご)…! お前があたしを殺し…うぐっ!」
車に飛びかかろうとする。しかし見えない壁に阻まれた。
愛光館という建物に縛られた存在である彼女は、外に出ることができない。
「くそぉっ! 見えてるのに! すぐそこにいるのに!」
かつてミゾレと金悟は愛し合っていた。しかしある日、金悟が嘘をついて関係を終わらせようとした。納得できないミゾレが詰め寄ったが、相手は聞き入れるどころか彼女を殺してしまった。
死因はまだ思い出せない。しかし心に燃える憎しみが、勘違いではないことをミゾレに教えている。
「あたしを殺したクセに、すました顔してんじゃないわよ! そんなお高い車に乗ったって、お前の罪はごまかせな…ハッ」
お高い車。自分で口にしたこの言葉が、彼女にあることを気づかせた。
「そうか! お前…金持ちの女に言い寄られて、あたしのことが邪魔になったんだな! だからあたしを殺してそいつと結婚した……くそぉおおっ!」
ミゾレは逆上した。巻き上げられ空間に揺らめく黒髪が、憎しみによってのたうち回る。
「こっちに来い! 中に入ってこい! 絶対に呪い殺してやる!」
まるで血を吐くかのような叫び。
人間に声が届くことはないとわかっていても、ミゾレは叫ばずにいられなかった。
そんな彼女を、車の助手席から青年が見つめている。
「……」
老人譲りのその鋭い目に、ミゾレが気づくことはなかった。
その日から、ミゾレは愛光館の中をうろつかなくなった。
ただ窓の外をにらみつけ、自分を殺した金悟が次にいつ来るのか、ひたすら待ち続けた。
金悟は愛光館の所有者である。しかし今回彼女が目にするまで、何十年経ってもここに来ることはなかった。
それは、次に来るのがいつになるのかわからないということを意味している。もしかしたらもう、金悟の姿を見ることはないのかもしれない。
彼は老人である。冷静な人間なら彼が世を去る可能性を考えるだろうし、諦めを模索し始めてもおかしくなかった。
しかしミゾレは全く冷静ではない。
諦める素振りなど見せるはずもなかった。
「呪う…呪ってやる……! 早く来い、死んだって逃がさない。魂をここに引き寄せて、未来永劫ずっと苦しめてやる…!」
老人たちの汚れと罪を、優しく受け止めていた彼女はもういない。
華やかな容貌は鬼の形相へ変わり、悪霊に堕ちる寸前のところまできていた。
ミゾレが恨みを募らせ始めて7日後の朝。
愛光館は再び怒号に包まれる。
「…来た!?」
ミゾレは窓を注視するが、そこに車はなく人だかりもない。
何が起きているのかわからずにいると、怒りの声はいつの間にか外から建物の中へ移動していた。
彼女は窓から離れ、声がする方へ飛んでいく。数秒とたたず人の塊が見えてきた。
中心にいるであろう金悟に向け、ミゾレは鋭く叫ぶ。
「入ってきたんならちょうどいい! 今日をお前に命日にしてやる!」
けたたましく笑いながら両手を広げた。捕まえたなら二度と離さず、そのまま取り殺してやるという確固たる意志を体中にみなぎらせた。
彼女は男たちの体を透過して人だかりの中心に向かう。
そこに出た時、澄んだ声が辺りに響いた。
「黙れっ!」
老人の声ではない。
そもそも人だかりの中心に、老人はいなかった。
「え!?」
驚くミゾレの目には、美しい青年の顔が映っている。
鋭い目に射抜かれた瞬間、彼女の頭は真っ白になった。
「あんた……!?」
「僕は死ににきたわけじゃない! そこをどけっ!」
「あっ…は、はい」
ミゾレは見知らぬ相手の声に勢いを失う。関係ない者を呪い殺すわけにもいかず、ふわりと浮いてその場から離れた。
だがふと、彼の言葉が自分に向けられたものであることに気づく。
「もしかして、あたしの姿が見えるの…?」
振り返って青年を見る。
すると目が合った。
「!」
「ああ見える。もっと言えば声も聞こえる」
青年の声には淀みも迷いもない。
「この前ここに来た時、お前が呪い殺すと叫んでいるのを見た。こう言えば納得してもらえるか?」
「なっ…!?」
ミゾレは驚愕する。
まさか自分の姿だけでなく、声までも感じ取ることのできる人間がいるとは思わなかったのだ。
一方、この場にいる大多数の者たちは、彼女以上に状況を飲み込めずにいる。
「……」
「………?」
大多数の者たち、つまり青年の周囲に集まった老人たちは、彼が誰と話しているのかわからず不思議そうに首をかしげた。
これを好機と見たボディーガードたちが、彼らに強い口調で命令する。
「ほら離れろ! 私たちはお前らを追い出すために来たわけじゃない!」
「ああ…? ってことは勘違いか……?」
首をかしげたことで冷静になったのか、老人たちは互いに顔を見合わせる。
彼らは、今まで全く姿を見せなかった所有者が来たことで混乱し、愛光館が取り壊されるかもしれないと思い込んでいた。怒号は終の住処を奪われまいとする正義の叫びだった。
しかしそれが間違いだとわかれば徒党を組む必要はない。彼らは安心したような落胆したような表情を浮かべつつ、いつもの暮らしへと戻っていった。
やがて通路には、青年とボディーガードふたり、ミゾレの4人が残される。
「…ちょ、ちょっと待って、本当に…?」
ミゾレはわずかに上げていた高度を落とす。
青年のそばまで来ると、その顔を正面からまじまじと見た。
「あんた……」
「なんだ?」
「金悟…じゃ、ないわよね。でも目がそっくり…」
「またそれか」
青年は呆れてみせる。
「お祖母さまを始め、お祖父さまを知る人たちに散々言われてきた。お父さまよりも似ていると笑われたほどだ…しかしそんなことはどうでもいい」
「どうでもよかないよ。あたしはお前のじいさんに殺されたんだからね」
「なに?」
「他の女と結婚するために、邪魔なあたしを殺したんだ…呪い殺してやらなきゃ気がすまない」
「…何を言ってる」
青年は胸の前で腕を組んだ。
ミゾレが何を言っているのか理解できない、というわけではない。
「呪い殺すなら、幽霊になってすぐにやればよかっただろう」
彼女の言葉は筋が通っていないと感じているようだ。
「僕は金悟お祖父さまの孫、鉄一郎(てついちろう)だ。もう一度言うぞ、孫だ」
「う、うん?」
「お祖父さまがお祖母さまと結婚してお父さまが生まれ、お父さまが成長してお母さまと出会い、それから僕がここに立つまで…どれだけの時が過ぎたと思ってる?」
「あっ…」
ミゾレは、相手が言わんとしていることに気づく。痛いところを突かれた、という顔をした。
しかし彼女が気づいたところで、鉄一郎の言葉は止まらない。
「大方、幽霊になったショックとやらで忘れてたんだろう。僕はお前みたいなヤツをたくさん見てきたからわかるんだ…そのクセ、自分がなぜ死んだのかを思い出したら恨み言を放つ機械に成り下がる。もううんざりなんだよ」
そう言うと、ボディーガードたちを引き連れてどこかへ向かおうとする。
ミゾレは黙っていられなくなり、彼の前に飛び出した。
「ちょ、ちょっと待ちなさいよ! あんた、自分のじいさんがあたしを殺したってことには驚かないの?」
これに鉄一郎は立ち止まって質問を返す。
「驚いてみせたらお前が蘇りでもするのか?」
「いや、そういうわけじゃ…」
「だったらどうでもいいことだ」
彼は首を横に振る。
その後で、じっと彼女の目を見ながらこう続けた。
「僕には時間がない。お前の話を聞くためにここへ来たわけじゃないんだ」
「ふぅん?」
ミゾレは腕組みをする。いつの間にか、その顔から驚愕が消えていた。
「時間がない割には、あたしを無視しないのね。姿や声を感じられるっていっても、さすがにぶつかったりはしないでしょ? あたしが前に立ってても、そのまま歩けば通り抜けられるはず」
「!」
「なのにそうしないってことは…何か理由があるのよね? あたしを無視できない理由が」
問いながら、鉄一郎の顔をのぞき込んだ。
「……」
相手は何も言わない。
しかしこれまで雄弁だった彼が黙ること自体、肯定の証に他ならなかった。
「鉄一郎…だっけ」
ミゾレは優しく語りかける。黙ったことを笑って会話を終わらせるのではなく、継続させることで彼の狙いが何なのかを見つけ出そうとしていた。
「あんたが言う通り、あたしはずっとここで…アイツへの恨みすら忘れて長い時を過ごしてきたわ。ここのことは誰よりも知ってる。もしかしたら、あんたの役に立てるかもよ?」
ここで鉄一郎が沈黙を破る。
「…僕はお前が恨む男の孫だぞ? なぜ役に立とうとするんだ」
ミゾレを鋭くにらんだ。
彼は威嚇のつもりだったのだろう。しかし方針を変えた今のミゾレには逆効果だった。多くの死に触れてきた彼女にとって、虚勢を見破ることなど朝飯前だった。
余裕を得たミゾレは彼に、質問の答えではなく提案を口にする。
「あたしとあんたはパートナーになれるかもしれない」
「なんだと」
「あんたもうすうすそのことを感じてたから、あたしを無視できなかった。ちがう?」
「……」
鉄一郎は再び黙り込む。
うつむいてしばらく考えていたが、やがて顔を上げてこう言った。
「魅力的な提案だが、報酬はどうする。お前はお祖父さまを呪い殺したいんじゃないのか? 悪いが、そんなことを許すわけにはいかない」
彼はジャケットを開き、内ポケットから何かをのぞかせる。そこには除霊用なのか白い札が3枚ほど見えた。
しかしミゾレはそれを見ても、恐怖を顔に出さない。
「あたしもバカじゃないわ。孫のあんたにそんなこと頼めるわけないって最初からわかってる」
「ではタダで協力するというのか?」
「タダで協力するなんて一言も言ってないわ」
彼女はやれやれと両手を広げてみせる。
「あんたのじいさんを呪い殺してやりたいのは今も同じ。すぐにでもそうしたいわ…でもできないのよ、実際問題としてね」
金悟がもう一度ここに来る前に死んでしまった場合、ミゾレは彼の魂を引き寄せここに閉じ込めて未来永劫苦しめるつもりだった。しかし具体的にどうすればいいのかはわからなかった。
ではどうするか。孫である鉄一郎に取り憑いて彼の家に行くということもできない。単に彼女がその力を持っていないばかりでなく、このプランを実行しようとすれば札で祓われてしまう。実際問題という言葉にはそういう意味が込められていた。
直接的な言葉を使って説明しないのは、鉄一郎に弱みを見せないためである。ミゾレにとってこの会話は、自身の存在をかけた駆け引きだったのだ。
「だったらせめて」
駆け引きの締めとして、彼女はほんの少しの恨みと悔しさを混ぜた声で鉄一郎に言う。
「アイツの…金悟の鼻をあかすくらいは、してやりたいじゃない?」
「…わかった」
鉄一郎の目から、疑いの色が消えた。開いていたジャケットの襟を正し、札をミゾレから見えなくする。
「そういうことなら頼む、協力してくれ」
金悟の孫と、
「いい返事ね、わかったわ」
金悟に殺された女の幽霊は、ここに手を結ぶ。駆け引きは成功し、奇妙な協力関係ができあがった。
「じゃあ、あんたがここの何を知りたいのか教えてちょうだい」
目的がわからなければ協力するも何もない。ミゾレの問いを受けて、鉄一郎は自分がなぜ愛光館に来たのかを明らかにした。
「僕は、お祖父さまの秘密を探している」
その声は最初とは打って変わってとても小さい。すきま風にさらわれてしまいそうなほどか細かったが、ミゾレは問題なく聞き取ることができた。
「秘密…? ここにアイツの秘密があるっていうの?」
「ああ、間違いない」
鉄一郎は断言する。
「お祖父さまはしばらくの間、ここに住んでいたんだ」
「…えっ!?」
ミゾレは全身を震わせて驚く。金悟がここに住んでいたなど初耳だった。
その反応を見て、鉄一郎がため息をつく。
「その様子だと知らなかったみたいだな」
「し、知ってたらすぐにでも呪い殺してやったわよ!」
ミゾレがあわてて叫ぶと、鉄一郎は両手で耳をふさいでみせた。その体勢のまま、冷静な口調で言う。
「お前が幽霊になる前の話じゃないのか? だったら知らなくても無理はないし、もしその当時に知っていたとしても呪い殺すのは不可能だろう。幽霊になる前ということは、普通の人間として生きているということなんだからな」
「…あっ…そうか、言われてみればそうかも…」
鉄一郎の言葉でミゾレも冷静になる。
気を取り直すと、心に浮かんだ疑問を彼にぶつけた。
「でもなんでここに住んでたの? 別のとこに住んでたけど家賃払えなくて追い出されたとか?」
「家賃滞納? それはない」
鉄一郎は鼻で笑い、耳に当てていた手を下ろす。
「お祖父さまが若かった頃でも、この程度の物件なら何十軒と買えたはずだ。今では何百軒じゃすまないだろうがな」
「…えっ…!」
「なんだまた衝撃の事実か?」
ミゾレの度重なる驚きに、鉄一郎が呆れてみせた。
「お前、お祖父さまのことを何も知らないんだな。本当に付き合っていたのか?」
「うっ……」
「まあ、お前が存在するかどうかの話だ。嘘ではないのだろう…だが」
鉄一郎の顔から呆れが消える。
代わりに表れたのは、焦りだった。
「言ったはずだ、僕には時間がない。お前に説明する時間も惜しいくらいなんだ」
「…? 何をそんなに急いでるの?」
「………」
鉄一郎は答えない。一度強く頭を左右に振ると、脱線していた話を戻す。
「お祖父さまの秘密は、『部屋のない部屋』にある」
「部屋のない、部屋……?」
ミゾレは首をかしげてみせた。先ほどまでの話を追及しようとはしない。
彼女は少し混乱していた。金悟がここに住んでいたこともそうだが、普通の男だとばかり思っていた彼が資産家であることにも衝撃を受けた。そのことをどう捉えればいいのかわからずにいた。
金悟に関する話を鉄一郎にしてもらえば、混乱解決の糸口を見つけられそうな気はする。秘密を見つけた報酬のひとつとして乞えば、応じてもらえる可能性は高いだろう。
だがミゾレはそうしない。金悟の印象が自分の中で変化することを、彼女は心のどこかで恐れていた。
「『部屋のない部屋』にはドアだけがある。それを開けても壁があるだけで部屋はない…そういう場所だ」
鉄一郎が強引に話を進めるおかげで、その怖さから逃れることができる。ミゾレは金悟の秘密を見つけるためだけでなく話の流れを止めないよう、彼の言葉に意識を集中させるのだった。
「『部屋のない部屋』、ねえ……」
「工事を担当した職人から直接話を聞いている、あるのは間違いない。お前にはその中に入って何があるのか見つけてもらいた…」
「嬢ちゃあ~ん!」
誰かの声が、鉄一郎の話を遮った。ミゾレたちが振り向くと、通路の先でゲンが手を振っている。
彼はどうやらミゾレを探していたようだ。手を下ろすと嬉しそうな顔で走り出そうとした。
しかし酒に酔っているのか、まともに走ることができない。数歩よろけると床にへたり込んでしまう。
ミゾレは見ていられなくなり、彼のもとへと飛んだ。
「ゲンさん!」
「や、やあ~っと見つけたぁ…嬢ちゃん、久しぶりだなあ」
「あ…そういえばここんとこ会ってなかったね…」
金悟への恨みに燃えていたミゾレは、ゲンの存在をすっかり忘れていた。
「ごめんね、寂しい思いさせちゃったね」
申し訳なく思い、彼の頭をなでる。
そこへ鉄一郎とボディーガードたちがやってきた。
「僕以外にも見えるヤツがいるのか」
「な、なんだおめえら?」
愛光館の中にスーツを着た者が入ってくることはほとんどない。ゲンはものものしい彼らに驚き、思わず体を震わせた。
と、何かに気づいたのか悲しげな顔をミゾレに向ける。
「なんだ嬢ちゃん…この兄ちゃんとどっか行っちまうのかあ?」
「違うよゲンさん。彼はそういうんじゃなくて…」
「どこにも行かねえでくれ。嬢ちゃんがいなくなったら、俺ぁ…俺ぁ……!」
「もう…大丈夫だって。どこにも行かないよ」
ミゾレは困った表情を浮かべながら、わめくゲンをそっと抱きしめる。
鉄一郎はじっとその様子を見守っていたが、やがて冷たく言い放った。
「情けない」
「えっ?」
ミゾレが振り返ると、鉄一郎はこう続けた。
「自堕落に生きることを恥とも思わず、幽霊にすがりついてわんわん泣くだと? 男としての誇りはないのか」
「ちょっと! 言い過ぎよ!」
「選り好みしなければ仕事はいくらでもある。まともな家だって紹介してもらえるはずだ。なのに自分から動こうとせず、だらだらと日々を過ごす…僕なら恥ずかしくて自殺するよ」
ゲンに対する鉄一郎の侮蔑は留まることを知らない。ミゾレの顔が怒りで赤く染まった。
しかしふと、その熱は冷める。
「…なーんだ、あんたってその程度なんだ」
口から出たのは失望の響き。
これに鉄一郎が食いつく。
「なに? その程度とはどういう意味だ」
「ゲンさんだけじゃない、ここに住んでる人たちにはいろんな事情があるの。選り好みしなきゃ仕事はいくらでもあるなんて簡単に言えちゃうのは、その事情を想像する能力がない証拠ね」
「…! 僕に、能力がないだと!?」
「嫌いなものを嫌いって言うだけなら、小さな子どもだってできるわ。嫌いなものだろうと受け入れられないものだろうと、いい感じに活かせるのが能力ある人間ってもんじゃないの? あんたがさっき言った言葉に、そう思えるようなとこあったかしら?」
「く…!」
鉄一郎は反論できない。
その様子を見たゲンが、なぜかうらやましそうな顔で彼に尋ねた。
「兄ちゃん、まさか嬢ちゃんと話ができるんか?」
「…ああ」
鉄一郎は相手を見ないまま返事する。
すると突然、ゲンはミゾレではなく彼にすがりついた。
「それどうやったらできるんだ、教えてくれ! 俺も嬢ちゃんと話がしてえ!」
「お、おいやめろっ!」
「!」
鉄一郎が拒絶の声をあげたのに反応して、ボディーガードたちが動く。
ゲンを主人から引きはがすと、床に倒してそのまま動けなくした。
「やめて! ゲンさんになにするのっ!」
ミゾレは抗議するが、ボディーガードたちには聞こえない。
鉄一郎はジャケットの襟を正すと、うつ伏せの状態で動けなくされたゲンを見下ろしながらこう言った。
「悪いが教えることはできない…これは生まれつきなんだ。どうやったらいいかなんて僕にもわからない」
ここで彼は、なぜかミゾレに顔を向ける。
「おい幽霊、お前なんて名だ」
「ミゾレだけど…そんなことよりゲンさんを離して!」
「……」
鉄一郎はミゾレには答えず、再びゲンに顔を向ける。
「あんたが嬢ちゃんと呼ぶ幽霊の名前は、ミゾレというそうだ」
「!」
ゲンはハッと顔を上げる。
鉄一郎と目が合う。しかしそれは一瞬だけだった。鉄一郎の方が目をそらしたのだ。
「さっきは言い過ぎた…僕には余裕がないものでな。おい、放してやれ」
彼の言葉で、ボディーガードたちはゲンを解放する。
しかしゲンは立ち上がらない。そばにいるミゾレに顔を向けると、嬉しそうに名前を呼んだ。
「嬢ちゃん、ミゾレっていうのかあ…いい名前だ。よく似合ってる」
「…ありがと、ゲンさん」
ミゾレは彼の無事を喜ぶ。安心したせいか、目にはうっすらと涙がたまっていた。
その後、鉄一郎はボディーガードに命じてゲンを部屋まで運ばせた。
ミゾレも彼らについて部屋の中へ入ろうとする。その時、彼に呼び止められた。
「ミゾレ」
「…なによ」
「お前にも…言っておく。さっきは悪かった」
「へえ、やけに素直じゃない」
「彼の必死な姿を見てたら、なんだか無性にイライラして…お前が言う通り、僕は『その程度』の人間なのかもしれない」
「あらあら」
ミゾレは両手を腰に当てて苦笑する。
「素直どころか意気消沈って感じね」
「僕はなんとしても、お祖父さまの秘密を見つけ出さなきゃならない…家を出ていくために」
「家を、出ていく?」
意味がわからず、ミゾレは問い返す。その時、ゲンを部屋に寝かせたボディーガードたちが外に出てきた。
鉄一郎は彼らがそばに来るのも構わず、ミゾレの問いに対して決意を口にする。
「そうだ、僕は家を出ていく。大切な人と自由に生きるために」
「え…」
ミゾレは声をあげ、ボディーガードたちに目を向けた。彼らがいる前でしていい話なのかどうか、彼女の方が戸惑ってしまう。
だが鉄一郎は気にしていないようだった。
「親戚連中は僕の力を気味悪がっている。なんなら跡継ぎから外してしまおうと考えている。僕もできればそうしてほしいが、お祖父さまが許さない。だから僕がお祖父さまの秘密を見つけて、言うことを聞かせるしかないんだ」
「…あー……」
どうやら家の長である金悟が強権を発揮し、彼を次の長にしようと考えているようだ。その意志は固く、問答無用といったところなのだろう。
対して、長の座を奪い取りたい親戚たちと家を出ていきたい鉄一郎は、利益が一致している。ボディーガードたちが彼らの手下だったとしても、彼は痛くも痒くもない。
「なるほどね」
ミゾレにもだんだん事情が見えてきた。
「大切な人と自由に生きるって、家を出て彼女とふたりで生きていくつもり…ってことでいいのかしら」
「その通りだ。しかし…」
鉄一郎はうつむく。
「さっきの老人を見て…もしかしたら僕も、彼女にすがりつこうとしているだけなのかもしれないと思ったんだ」
「それでイライラしちゃった、と」
「…ああ。お前の言う通り、僕は未熟なのかもしれない」
「別に未熟だなんて言ってないわよ? 『その程度なんだ』とは言ったけど」
ミゾレはいたずらっぽく笑う。その後で、彼にこう告げた。
「そういえば思い出したわ、『部屋のない部屋』がどこにあるか」
「なに?」
「ゲンさんのことでバタバタしたおかげ…ってのも変だけど、思い出す刺激になったみたい。ついてきて」
ミゾレはふわりと通路を飛んでいく。鉄一郎はボディーガードたちを引き連れ、彼女についていった。
しばらくして、ミゾレたちはある部屋の前に到着する。
木製のドアには部屋番号である330という数字が薄く書かれていた。他に特徴と言えるものはない。
「ここが…?」
「うん、ここよ。ドア開けてみて」
ミゾレの指示に従い、鉄一郎がドアを開ける。
すると、玄関ではなくいきなり壁に突き当たった。
「!」
まさに『部屋のない部屋』である。
鉄一郎は興奮した面持ちでミゾレに言った。
「ここだ、間違いない!」
「じゃあちょっと中見てみるから、待ってて」
ミゾレは壁の中に潜り込む。光の差さない闇を、まるで泳ぐように進んだ。
愛光館の部屋は全て同じ広さ、同じ形をしている。
縦長の1畳半であり、壁は薄い。
「あっ、隣に出ちゃった」
泳ぐルートが少しでも横にそれると、すぐ隣の部屋に出てしまう。調べる範囲は狭くてすんだ。
調査は3分もかからずに終わる。
鉄一郎のもとへ戻ったミゾレの表情は、疑問に満ちていた。
「特に何もなかったけど…」
「そんなはずはない!」
鉄一郎の声が通路に響く。
怒りからくる叫びではなかった。彼の声には、求めるものを見つけ出したいという真摯な思いがあった。
「ここには絶対にお祖父さまの秘密がある! そうでなければわざわざ金を使って部屋を埋めたりするものか!」
「あっ、そうか。職人さん呼んだりお金かかるわよね…」
「それだけじゃない」
彼はミゾレの顔を指差す。
「…あたし?」
ミゾレは意味がわからず、自分で自分を指差した。
そこへ鉄一郎はこう言い放つ。
「ここにはお前がいる…! お祖父さまと深い関係にあったお前が」
「あっ」
言われてみればそうだとミゾレは思った。幽霊として何十年も愛光館で暮らしてきたが、ここは彼女の生家というわけでも実家というわけでもない。もし金悟に関するものが何もなければ、彼女がここに縛られて存在する理由がないのだ。
「そっか…そうよね……」
「別にお前の目を疑ってるわけじゃない。だがもう一度調べてくれないか」
「…わかったわ。きっとあたしにとっても大事なことなのよね、これは」
ミゾレは気を取り直すと、再び壁の中に潜った。
「アイツの秘密…」
最初に入った時はただ左右を見るばかりだったが、今度は他の場所に出ないギリギリまで迫って調べてみる。
「なんだろう、思ったより小さいもの…なのかしら」
部屋の底面には畳、左右には土壁を模した壁紙がある。
なぜ土壁そのものではなく壁紙と判断できたのか。それは、端がめくれあがって無地の下地が露出しているためだった。
「最初から埋めるつもりで作ったわけじゃない、って証拠よね…」
めくれあがった壁紙は、誰かがこの部屋で生活していたことを意味している。最初からコンクリートで埋められていれば、めくれあがることなどない。いやどころか、そもそも畳や壁紙を備え付ける必要がなかった。
人が死んでも、掃除と消臭を終えれば何事もなかったかのように部屋を貸し出すのが愛光館である。本来ならこの330号室も、他の部屋と同じく誰かに貸し出されていなければおかしいのだ。
しかしここは、ここだけはコンクリートで埋められている。ミゾレはこの部屋に、他の部屋とは決定的に違う何かがあると確信した。
だがそれは左右と下にはない。それならばと、ミゾレは顔を上に向ける。
「あ!」
天井付近に、小さな木箱らしきものを見つけた。
彼女はすぐさま外に出て、鉄一郎に報告する。
「箱があったわ」
「本当か!?」
「天井近くにあったから、見落としてた…でもどうするの? コンクリ壊さないと取れないけど」
「だったら壊せばいい」
鉄一郎はスマートフォンを取り出すと、どこかへ電話をかけた。
10分もたたないうちに職人たちがやってきて、部屋を埋め尽くすコンクリートを削り始める。
「うわー…」
素早い決断とそれに応える者たちの働きに、ミゾレは目を丸くした。鉄一郎の決意と彼が持つ力を見せつけられた気がした。
やがて『部屋のない部屋』の上半分が削られ、木箱が取り出される。
鉄一郎は木箱を開け、中から封筒を取り出した。
ためらいなく開封すると中に入っていた便箋を開く。隣にいるミゾレにも内容が見えるようにしつつ、手紙を読み始めた。
ふたりは、まず1行目から驚かされる。
”私は、ミゾレという娘を死なせた”
「……!」
”全ての責任は私にある。本当に悪いことをした…気の強い彼女のことだ、私を呪い殺したいほどに恨んでいるだろう。私がしてしまったことを考えれば、それも当然だ”
「な、なにこれ…!」
手紙には罪の告白があった。それだけでなく、どこか開き直りともとれる言葉も並んでいる。身勝手さを感じ、ミゾレの顔は怒りに染まった。
憎しみのまま叫び出しそうになるが、次の文がそれを止める。
”彼女は私の正体を知らなかった”
「…え」
”普通の家に住む普通の男だと思い込んでいた。私がそう仕組んだのだ。金で態度が変わる女たちを嫌というほど見てきた私は、本当の私を愛してくれる女を探すために身分を偽る術を身に着けていた”
「……本当に……」
ミゾレは小さな声でつぶやく。
金悟は本当に資産家だった。
自分は本当にそのことを知らなかった。
言いかけの短い言葉には、二重の意味が込められている。その顔からは怒りが消えていた。
そこへ、彼女の声を疑問だと勘違いした鉄一郎がこんなことを口にする。
「これはお祖父さまの字で間違いない。僕の話が本当だとわかっただろう」
「アイツの字なんて、知りたくないくらい知ってるわ…」
「なに?」
「どれだけたくさんの手紙を送り合ったと思ってんの。あたしたちが若かった頃、メールなんてなかったんだから」
「…あ」
静かに指摘され、鉄一郎は素直に納得する。「それもそうか」と返すと、再び手紙を読み始めた。
これにミゾレも続く。文章は、彼女を称える内容へと移っていった。
”ミゾレは、財産も肩書もない私を心から愛してくれた。私はついに理想の女性に出会えたと思った。嬉しかった。私は彼女の想いに応えるため、いつか必ず本当のことを話し、彼女を家に迎えようと考えていた”
しかし、状況は若い金悟に味方しなかった。ミゾレを迎え入れる準備が整う前に、対立する親族が彼女の存在を知ってしまったのだ。
”私は、親族たちに脅迫された”
「…えっ…!」
ミゾレと鉄一郎が同時に声をあげる。手紙は、驚くべき事実をふたりに告げていた。
”家督の相続候補から辞退しろ、そうでなければマスコミにこのことをバラすと言われた。面白おかしく書き立てられれば家の品位に傷がつく。それだけではない。私の口からではなく他の者から真実を伝えられた時、ミゾレがどれほど傷つくのか…想像したくなかった”
これは、金悟が敵と同じ土俵で戦えないことを意味している。もし彼が親族に脅迫されていると告発しようものなら、マスコミがそれを嗅ぎつける。結局、家の品位にもミゾレの心にも、傷をつける形になってしまうのだ。
しかも告発した場合は、金悟が自分の身かわいさにそうしたという悪評までついてくることになる。考えなしに反撃すれば、敵対する親族たちの思うつぼだった。
「本当に汚いやり方だ」
鉄一郎は怒りに顔を歪める。しかしミゾレは彼に同調することなく、ただ黙っていた。
手紙は次に、金悟の苦悩を語る。
”家を出て、本当に財産も肩書もない男になろうと考えることもあった。しかし私が家を出れば間違いなく家督争いは激化する。解決する頃には家の全てがばらばらになって、今までついてきてくれた使用人たちや会社の従業員たちが職を失うことになる。それだけは防がなければならなかった”
苦悩の末に、金悟はあることを諦めた。
”私はミゾレを呼び出し、全てを話した。家のことは少しずつ明かしていくつもりだったが、もうそんな時間はない。全てを話した”
彼は、自身について段階的に明かすことを諦めた。ミゾレを驚かせることはわかっていたが、彼女が全てを知ってしまえば脅迫は意味を成さなくなる。これはリスクを排除し彼女を無事に家へ迎え入れる、起死回生の一手だった。
”だが、私はずいぶんと自分勝手だったようだ”
この文は少し筆圧が弱い。それは金悟の後悔を表していた。
”ミゾレは混乱した。私が金を持っていると知っても喜ぶことはなく、ただ混乱した。その姿を見て、私は不謹慎にも彼女が本当に自分を愛してくれているとあらためて思った。しかしそれは、打ち明けた側特有の罪深い呑気さに他ならなかった”
秘密を打ち明けた側は、相手と重荷を共有できたつもりでいる。話せたことで、気分も晴れたことだろう。
しかし打ち明けられた側は、相手から突然重荷を背負わされた格好になる。受け止めて抱え続けるには、相応の強さと余裕がなければならない。
当時のミゾレには、強さと余裕のどちらかもしくは両方が足りなかった。
”ミゾレは、私が嘘を言っていると思った。なぜそんな嘘を言うのかと私に問うた。この時、彼女がなぜ嘘だと決めてかかるのか私にはわからなかった。私は真実を言っている。なのになぜそのまま受け止めてくれないのか…理解できない私は、焦りからつい声を荒げてしまった”
「…寂しかったのよ」
ミゾレはぽつりと言う。彼女はこの時点で、次に語られる言葉を言い当てていた。
”当時、私は家のことにかかりっきりでミゾレと会えずにいた。会わずとも彼女はいつでも私の期待に応えてくれる…そう思い上がっていた。私は彼女の寂しい思いを知ろうともせずに、自分の都合ばかりを押し付けていたのだ”
「バカよね……」
”声を荒げた私を見て、ミゾレの混乱が解けた。だがいい方向に向かったのではない。逆だった。彼女は私が別れ話をしているのだと思い込んだ。自分を諦めさせるために、壮大な嘘をついているのだと決めつけてしまった”
「…ほんとバカ…なんでわかってあげようとしなかったんだろ」
”嫌いになったのならそう言ってくれればよかった…彼女は泣きながらそう言った。そうではない、私はお前を嫁にしたいから全てを打ち明けたのだ。しかしミゾレは聞かなかった。彼女は、私の前から去っていった”
「……ごめん、ちょっと見てらんない」
ミゾレはそう言うと手紙から顔を背けた。鉄一郎はチラリと彼女を見た後で、静かにこう告げる。
「この先は特に重要だと思うぞ」
「バカ女はもう退場したじゃない。重要なのは、あんたにとってでしょ?」
「いや…僕だけじゃない。お前もそうだが、お祖父さまにとっても重要なことが書かれている」
「…? どういうこと?」
「とにかく読め。僕が軽々しく言っていいことじゃない」
鉄一郎は真剣だった。ミゾレは気が進まなかったが、何が彼にそこまで言わせるのかは気になる。手紙の続きを読んだ。
”ミゾレが去ったことは悲しかったが、脅迫の種がなくなったことで家督争いはひとまず収まった。いつまでも暗い顔をしていては下の者の士気に関わる。家の長になるのだからと気持ちを切り替えようとしていたその矢先”
「……」
”ミゾレが交通事故で死んだことを知った”
「!?」
ミゾレは目を見開く。唇が震え始めた。
どういうことなのかをそばにいる鉄一郎に問いたい。しかしそうする前に、目が勝手に文字を追っていく。
”事故が起きたのはあの日…ミゾレが私から去った日だった。記者の尾行を恐れた私は工事現場で話をしたのだが、彼女は家に送ろうとする私を振り切って走り出してしまった。当時は私も頭に血が昇っていたので、勝手にしろと別ルートで帰ってしまったが…その時、彼女は車にひかれてしまったようだ”
「車に、ひかれ…?」
文字が口をついて出る。驚きを隠すことなどできようはずもなかった。
ミゾレは幽霊であり、愛光館から離れることができない。つまり地縛霊だということになる。しかし、交通事故で死んだのなら愛光館は全く関係ない。
意味がわからなかった。答えを知りたいと、彼女は貪るように手紙を読み進める。
”私は役所の人間からそれを聞いた。若い女性なのに身寄りがないなんてかわいそうですよねと彼は悲しげだった。私はその時、彼女が抱いていた寂しさが私よりもはるかに重いことをようやく知った”
ここで、1行目とよく似た言葉が登場する。
”私が、ミゾレを死なせた”
その筆圧は強い。
”あの日、私が自分のことを打ち明けたりしなければ、ミゾレが死ぬようなことはなかった。工事現場などに連れてこなければ、車にひかれて死ぬなどという辛い目に遭わせることはなかった”
後悔に沈む金悟だったが、仕事から逃げるわけにはいかなかった。皮肉にも仕事は彼に没頭を与え、苦しみを和らげる役割を担った。
その没頭がミゾレを死なせた罪の意識にまで侵入し始めた頃、彼は工事現場がある物件へと姿を変えていたことを知る。
”…地図を見て驚いた。私とミゾレが最後に会った場所だった。話を聞くと、日雇いの労働者たちを泊める簡易宿泊所ということだった。私は、『愛光館』と名付けられたその建物を実際に見に行った”
「!」
”労働者たちは必死に生きていた。身寄りのない者も多かった。ミゾレと同じ境遇の者がいると知って、何としてもこの土地と建物を自分のものにしなければならないと思った。私は相場の何倍もの金を払い、半ば奪い取るようにこの場所を手に入れた”
「…手放さなかったわけだ」
鉄一郎が言った。
「僕を含め、誰もが疑問に思っていた。ここは赤字を出し続ける不良物件。お祖父さまがなぜ売らないのかわからなかった。だがこんな事情があれば、手放せるわけがない…」
愛光館を手に入れた金悟は、やむを得ない場合を除きこの部屋で生活するようになった。身分を偽る技能はここでも発揮され、彼がここの所有者であり名家の長であることに気づく者はいなかった。
”この狭い部屋で暮らすうちに、私は自分がとてつもなく愚劣な人間であることがわかってきた。本当の自分を好いてもらおうなどという思いが、どれほど傲慢に満ちあふれているのかに気づいた。またそれを最愛のミゾレに求めることがどれほど残酷なことだったのか、嫌というほど思い知らされた”
金悟は自身を愚劣と評したが、真の愚劣が自らの愚かさを知ることはない。彼は人並み以上に、反省を成長へと変換する能力を持っていた。
自己を冷静に見つめ活かす素養を育んだ彼は、辣腕を振るい事業を拡大させる。資産は増収の一途をたどり、親族の中で彼を脅せるような者はいなくなった。
新しい出会いが訪れたのは、ちょうどそんな時だった。
”……ひとりの娘が、私に想いを寄せてくれた。しとやかでありながらその瞳に意志の強さを感じさせる娘だった。私にはミゾレがいると断り続けていたが、ある時彼女はこう言った…『あの人を想うあなたごと愛しています』と”
「!」
”私は打ちのめされると同時に、そこまで言ってくれる人を無下にはできないと感じた。ひとりでいることに飽きたというずるさもあったのだろう。私はここを出て、彼女とともに生きることを選んだ”
しかし金悟はただ出ていったわけではない。彼はこの部屋にあるものを残していた。
”決めたからには、ミゾレへの想いを連れていくわけにはいかない。あの日渡せなかった真っ赤なルビーの婚約指輪は、置いていかなければならない。さらにこの部屋…彼女の名を持つ330号室を他の誰かが決して使わぬよう、私が住んでいた状態のままコンクリートで埋める”
「埋め…る?」
過去形ばかりだった手紙の中に、突然現在形が現れた。違和感を覚えたミゾレは疑問の声をあげる。
それに鉄一郎が答えた。
「この手紙は部屋が埋められる前に書かれたものだ。『埋めた』と書いてしまっては時系列がおかしくなる…敢えてそう書く場合もあるだろうが、お祖父さまはそうしなかった」
「あ……」
「だがそれだけじゃない。埋めるという言葉からはお祖父さまの固い意志を感じる。お前への想いを全部ここに置いていくことで、お祖母さまを苦しめないようにする意味もあったのだろう」
「…なにそれ」
ミゾレはつぶやきながらうつむく。じっと床を見つめた。
「あんたのじいさんもばあさんも強すぎない? 想いを全部置いていくとか、あたしを想うアイツごと愛するとかさ…なんなの?」
その声には悔しさがあふれている。
「あたしは全然そんなふうに思えない。なんならあんたのばあさんだって呪い殺したいくらいよ。結局、ふたりで勝手に幸せになるのね。バカみたい…!」
「…本当にそう思ってるんだったら」
鉄一郎は半歩左へ動く。自身の体をミゾレと重ねた。
「今ごろ、ふたりの孫である僕を取り殺そうとしてるはずだろう」
「………」
ミゾレは黙ったまま、着物の裾に重なっている鉄一郎のスラックスを見つめる。取り憑いて殺すにはこれ以上ない状況だった。
にも関わらず、彼女の口からはこんな言葉が漏れる。
「そんなことできるわけな……」
言いかけて、ミゾレはハッと顔を上げた。
「あ、あんたお札持ってるじゃない。手ぇ出せるわけないでしょ」
「悪霊や怨霊というものはな、そんなふうに理性的な思考をしないものなんだ。殺すといったら殺す、たとえ殺せる見込みがなくても爪痕を残そうとする…そういうものだ」
「……わかったような口きいてんじゃないわよ」
ミゾレはふてくされた表情を浮かべると、鉄一郎から顔を背ける。しかしここでふと、彼が先ほど言った言葉を思い出した。
ふてくされていたのも忘れ、彼女は鉄一郎に尋ねる。
「あんたさっき…自分だけじゃなくて、あたしやアイツにとっても重要なことが書かれてるって言ってたわよね?」
「ああ」
「あんたとあたしにとって、っていうのはわかったわ。でもアイツにとってっていうのは何よ? 手紙そのものが重要だって意味?」
「ふふっ」
鉄一郎はなぜか笑う。癇に障ったミゾレが何か言う前にこう続けた。
「まだわからないか。その様子では、お前にとって重要なこともまだわかってないな?」
「…え?」
「いいか、よく聞け……」
鉄一郎の顔から笑みが消えた。
「僕にはお前の姿が見えるし、声も聞こえる。だからこうやって話ができる…それが特別なことだというのは、お前にもわかるはずだ」
「…ええ」
ミゾレも真剣に答える。怒りのままに話を突っぱねるようなことはなかった。
鉄一郎は手紙が入っていた封筒を傾けて、指輪を手の上に出す。赤いルビーが、蛍光灯の頼りない明かりを反射してキラリと輝いた。
「お祖父さまはここを出る前に、お前への想いをこの指輪に封じ込めた」
「それもわかるわ。今読んだばかりだし…」
「それが、お前なんだ」
「…………えっ?」
鉄一郎は何を言っているのか?
ミゾレにはわからない。
「それが、って…何があたしなの?」
「指輪に封じ込められたお祖父さまの想い…それこそが、お前なんだよ」
「……ちょっ、ちょっとまって」
彼女は左手を顔に当てると同時に、右手を開いて鉄一郎に向ける。それは思わず出た、自分なりに考えるから少し待ってほしいというジェスチャーだった。
「あんたが言った通りだとすると…えっ? アイツの想いが、あたし…?」
「そうだ」
鉄一郎は、混乱するミゾレを笑わない。噛んで含めるように説明し始めた。
「本物のお前は事故で死んでもういない。今ここにいるお前は、お祖父さまの想いが作り出した幻…いや、記憶の影というべきか。とにかく、お前のもとになっているのは本物のお前じゃないんだよ」
「はあ……?」
説明されてもミゾレは理解できない。
言葉は聞こえているし、言葉そのものの意味もわかる。だが言葉の意味が指すものを受け入れることができない。
「なにそれ…? じゃああたしは、呪い殺したいって思ってるアイツに作られた、ってこと……?」
「もう一度、手紙の最初あたりを読んでみろ。ここだ」
「……」
ミゾレは鉄一郎の言葉に従った。
手紙の最初、彼が指差した場所にはこうある。
”…気の強い彼女のことだ、私を呪い殺したいほどに恨んでいるだろう”
「お前の憎しみはこれだ」
「これ…?」
「お祖父さまがそう思っている。だからお前はその通りに、お祖父さまを呪い殺したいと思ったんだ」
「…うそよ、そんなの……」
ミゾレは弱々しい声ながらも反論する。
それを聞いた鉄一郎が彼女に顔を向けた。倒れかけの反抗者を容赦なく追い詰める。
「考えてもみろ。お祖父さまは、本物のお前が死んでからずいぶんと見た目が変わったはずだ。それだけの年月が経ったのだからな。だがお前はひと目でお祖父さまのことがわかった。それはなぜだ?」
「なぜって、それは…」
「自分でこう言うのは癪だが、おそらく僕の方が当時のお祖父さまに似ているはず。だがお前はその僕を差し置いて…敢えて呼び捨てるが…『老人になった金悟』を見つけ出した」
「!」
ミゾレは目を見開く。何も言えなくなったのは驚いたためではない。彼の言葉に納得させられたためだった。
「僕がどれだけ、若い頃のお祖父さまに似ていようと関係ない。お前はお祖父さまに作られた。だからこそ、瞬時に生みの親を判別することができたんだ」
鉄一郎はさらに語る。そのはっきりした言葉と声は、なんとしてもミゾレに言っていることを理解させるという意志にあふれていた。
「お祖父さまへの憎しみ、瞬時の判別、その性格…そういったものは全部、お祖父さまの想いから生み出されたもの」
彼は視線をミゾレから手紙へと向ける。
「僕は手紙を読みながらそのことに気づいた。最初は憶測でしかなかったが、お前の反応と照らし合わせていくうちにそれは確信へと変わった」
ここで声から勢いが抜けた。
「僕も知らなかったんだ」
鉄一郎はどこか悲しげに指輪を見つめる。その眼差しは、赤い輝きの向こうにいる金悟とミゾレに向けられていた。
「ものに想いを込めて、幽霊のような存在を作り出す…お祖父さまがそんな力を持ってたなんて」
「………」
ミゾレの視界がぼやける。彼女は、見るということに意識を向けることができなくなっていた。
「あたし…アイツに、作られ……」
自分が幽霊であり、愛光館から離れられない地縛霊であるのは理解している。金悟の手紙を読み、どういう経緯で自分が死んだのかもわかった。
しかし、まさか自分と本物の自分が『他人』だとは思わない。誰かの想いが形になった存在だなどと言われても、素直にうなずくことなどできるわけがなかった。
「あたしがずっとここで暮らしてきた…意味は……?」
ミゾレは自分というものがわからなくなる。それに引きずられてか、彼女の存在が不安定になってきた。
まるでノイズが入った画像のように、体の一部が瞬間的に歪んでは戻る。これを重く見た鉄一郎は、ジャケットに手を入れて札の準備をしながらこう言った。
「…確信に変わってはいたが、お前に言うべきかどうかは迷っていた。存在が揺らぐことで別種の存在、つまり悪霊に変わる可能性があったからだ」
「う、うぅ……」
「お前なら話しても大丈夫だろうと思ったが、それは残酷な期待だったのかもしれない。だったら、苦しむ前に僕の手で…!」
内ポケットに入っている札を、鉄一郎が放とうとしたその時。
別の誰かが、ボディーガードふたりの間をすり抜けて入ってきた。
「見つかってしまったか」
「!」
「!?」
鉄一郎とミゾレは驚き、声がした方をほぼ同時に見る。そこにはスーツを着た老人が立っていた。
「お祖父さま!」
思わず叫んだ鉄一郎は、素早く老人…金悟の前に出る。祖父を背中にかばうと、肩越しに強い口調でこう言った。
「さがってください! ここは危険です!」
「んん? どういうことじゃ」
「あなたを呪い殺そうとする存在が、すぐ近くにいるんです! とにかくここから離れて!」
「すぐ近くに? …そうか」
金悟は穏やかな笑顔を浮かべる。すぐに一歩退いた。
それを見た鉄一郎はほっと胸をなでおろす。再びミゾレの動向を見守るべく、顔を彼女に向けた。
その時、何かが横を通り過ぎる。
「……?」
何だろうと鉄一郎が思った時にはもう、金悟が視界に入ってきていた。つまり金悟が、鉄一郎の横を抜けて左前方に歩み出ていたのだ。
「まさか、わしが生きとる間に見つけられてしまうとはのう……」
「ううぅ…」
削られた『部屋のない部屋』の上部を見ながらつぶやく金悟のそばには、今も存在が安定しないミゾレがいる。鉄一郎の顔は真っ青になった。
「お、お祖父さまっ!?」
「騒ぐでない、鉄一郎」
金悟は静かに言う。その後で鉄一郎の方を向き、小さく笑った。
「お前がそこまで真剣に言うということは、来ておるんじゃろう? ミゾレが」
「…! は、はい。すぐ…そこに」
「どのあたりじゃ?」
「え? あ、その…本当にすぐそこです。右手を少し伸ばせば、空間的には…重なります」
「よくわからんが、右手を伸ばせば触る形になるんじゃな?」
「はい…いやでも」
危険ですと鉄一郎が言う前に、金悟はミゾレに向かって右手を伸ばす。それは、半透明になっている彼女の左手に重なった。
「ミゾレ」
金悟は優しく語りかける。
「これでお前は、いつでもわしを呪い殺せる…じゃがもう少しだけ待ってくれ。孫に伝えておかねばならんことがあるのでな」
「………」
ミゾレは聞こえていないのか反応しない。代わりに、鉄一郎が疑問の声をあげた。
「僕に…伝えること?」
「鉄一郎」
金悟は孫をじっと見つめる。その目には、真剣な輝きがあった。
「なぜ、わしに相談しなかった」
「えっ?」
「彼女さんのことじゃ。お前はわしらに、自由になりたいから家を出るとしか言わなかった」
「あっ……」
鉄一郎は目を伏せる。金悟はさらに続けた。
「真面目に付き合っておるんなら、堂々と言えばよい。家格にどれほど差があろうとこの人を嫁にしたい、だから認めて欲しいと」
「…一体誰が僕の話をまともに聞いてくれるっていうんです? 『力』のことだって誰も信じちゃいないのに」
「誰も、とは具体的に誰を指しておる?」
「それは…」
「顔を上げよ、鉄一郎」
「……」
鉄一郎は顔を上げる。自然と、ミゾレに右手を重ねたままの金悟を見る形になった。
祖父は孫を見据え、深い声で問う。
「わしも、信じておらんように見えるか」
「……いえ」
「わしがいつ、お前の話を信じないと言った」
「…言って…ません……」
「つまりお前は、自分に味方などおらんと決めてかかっておった、ということじゃ。そんなことでは間違いを犯す」
「間違い?」
「昔のわしと同じような、間違いをな」
ここで金悟の声にやわらかさが戻った。
彼は右を向く。ミゾレの姿を感じ取れるはずはないのに、その目は彼女の瞳がある場所をじっと見つめていた。
「わしは、自分の都合をミゾレに押し付けた」
顔と目の向きを変えないまま、鉄一郎に語りかける。
「相手の気持ちをわかろうともせず、そのクセ自分の気持ちは理解しろと自覚もないまま強制しようとした…その結果どうなったかは、もうわかっておるな?」
「…はい」
「頭から決めてかかること、誰にも相談せず事に及ぶこと…それらが大事な時もある。だがお前と彼女さんのことについてはそうではない」
「……」
「お前の力を気味悪がる者がいるのは承知しておる。その者たちがお前を家から出そうとしているのもな。しかしわしはお前を守る…お前と、お前が愛した人を守る」
金悟はそう言うと、顔の向きを少し変える。ミゾレの向こうにいる鉄一郎を見た。
彼の目を真っ直ぐ見つめ、優しく諭す。
「後はお前が、わしの手を握るかどうかじゃ」
「お祖父さま…」
鉄一郎は自身の誤解を知った。金悟は考えもなしに後を継がせようとしていたわけではない。対話しようともせず、話をこじらせる原因を作っていたのは他ならぬ自分だったと気づいた。
「頭から決めつけていたから、僕はそんなこともわからずに…」
彼はうつむき、力なくつぶやく。
その様子を見て金悟は微笑みを浮かべた。鉄一郎が気づいてくれたことを嬉しく思った。
「さて…」
孫との対話を終えた彼は、再びミゾレに顔を向ける。
「わしの話は終わった。次はお前の望みを叶えてやらんとな」
「……え?」
望みという言葉にミゾレは我に返る。金悟がいる方に顔を向けると、見えているはずのない彼と目が合った。
今の彼女は、それを不思議に思わない。
「あたしの、望み…?」
「鉄一郎はもう心配ない。彼女さんについても、家柄など関係なく迎え入れられるよう準備を整えてある。わしの時のように、脅迫などというバカなことをやろうとする者はおらん」
「…! あんた、まさか……!」
ミゾレは、金悟の前置きが何を意味しているのか気づく。
彼が両手を広げてみせたのはそれとほぼ同時だった。
「さあ、ミゾレや…今こそ願いを叶えるがいい。存分にわしを呪い殺せ」
「バカじゃないのっ!」
ミゾレは力の限りに叫ぶ。この時、彼女の体からノイズが消えた。
しかし本人は気づいていないのか、感情にまかせて言葉を放つ。
「あんたこの流れでよくもそんなこと言えるわね!? 言いたいこと言ったから後は好きに殺せって? あの手紙を読んだ後で、あんたたちふたりの話を聞いた後で、あたしがそうするって本気で思ってんの!?」
唇は震え、目から涙がこぼれる。
「よぼよぼになったってなんにも変わってないじゃない…! あんたは自分の都合を押しつけるばっか……! あたしがどう思ってるのかなんて全然考えてない…」
彼女は悔しげな顔でうつむいた。言いたいことはまだいくらでもあるのだが、体が震えるばかりで言葉にならない。
一方、金悟は何も起こらないことを疑問に感じている。
「……どうした、早くやってくれ。それとももう終わったのか?」
「お祖父さま…」
鉄一郎が金悟に声をかけた。ミゾレがどういう状態なのかを静かな口調で伝える。
「ミゾレはできないと言っています。あの手紙を読んだ後で…お祖父さまの話を聞いた後で、そんなことができるわけがないと。おそらく、僕が真実を告げたことも関係しているんでしょう」
「真実…? お前、ミゾレに何を言ったんじゃ」
「これを」
鉄一郎は真っ赤なルビーの婚約指輪を差し出す。金悟がそれを受け取るとこう続けた。
「その中にはお祖父さまの想いが込められています。僕に見えているミゾレは、その想いが形になったもの…本物のミゾレが化けて出たわけではないのです」
「なんと…!」
「僕は特異な力を持っていますが、お祖父さまもそういう力を持っていた。しかしそれが発揮されたのはただの一度きり…その指輪に込められたのが、最初で最後だったのでしょう。それと…」
ここで鉄一郎は別のことを語り始める。ミゾレの思い全てを金悟に伝えることはなかった。
「彼女は赤い着物を着ているのですが、模様はなく装飾もいくつかの小さな刺繍くらいしかありません。とてもシンプルなデザインです」
「なに?」
金悟がその顔を、指輪から鉄一郎へ向ける。
「わしのせいで、ミゾレが粗末な着物を着ておるのか?」
「いえ、僕も今気づきましたがおそらく真逆かと」
鉄一郎の顔に、やわらかな笑みが浮かぶ。彼はミゾレの着物をこう言い表した。
「赤無垢です」
「あかむく……?」
「白無垢はご存知でしょう、汚れのない純真を意味する婚礼衣装です。対して赤無垢はめでたく嬉しい気持ちを前面に出したもの…」
「赤は慶びの色。慶びを意味する着物、というわけか」
「ただの着物ではありません、白無垢と同じく婚礼衣装です。つまりミゾレはここに生まれ落ちた時からずっと、お祖父さまと結ばれていたことに」
「あーーーーーーーっ!」
突然ミゾレが叫んだ。その声で鉄一郎の言葉を遮ると、険しい顔で彼に詰め寄る。
「ふざけたこと言ってんじゃないわよ! 誰と誰が、生まれてからずっと結ばれてたですって?!」
「……」
「なにニコニコしてんのよ! なんとか言いなさいよ!」
「………」
鉄一郎は答えない。ミゾレに耳元でどんなにわめかれても、眉ひとつ動かさなかった。
金悟は、彼の言葉が途切れたことを不思議に思う。きょとんとした顔で尋ねた。
「どうした鉄一郎、いきなり黙って」
「いえ…」
鉄一郎は、ミゾレに抗議されているとは言わない。笑顔のまま、金悟にこう返した。
「孫の僕がこう言っていいのかはわかりませんが…お似合いだと思いますよ」
「…そうか?」
金悟が照れたように笑う。そんな彼を見て、ミゾレは思いをぶちまけるように大声で叫んだ。
「ヘラヘラしてんじゃないわよ、このバカ!」
彼女の顔が赤いのは怒りか、それとも別の思いからか。
鉄一郎は何も言わない。並んで立つふたりを、ただまぶしそうに見つめていた。
手紙と指輪は木箱に入れられ、『部屋のない部屋』に戻された。
削られた上部も職人たちによって補修され、周囲には立入禁止のイエローテープが張られる。木製のドアは開かれたままで、ふたりいるボディーガードのうちひとりが付近に立つことで規制線が完成した。金悟と鉄一郎はそれを見届けると、残ったボディーガードひとりとともに帰っていった。
補修された部分が固くなるまで、ボディーガードたちは交代で部屋を守り続けた。愛光館の住民たちは最初こそ彼らに興味を示したが、あまりに無愛想で容赦のない雰囲気を持つ黒服にちょっかいを出そうとする者はいなかった。
それから2週間後の朝、補修部分が素手では絶対に傷ひとつ入れられないほど固くなったのを確認すると、ボディーガードはテープを片付けそっとドアを閉めてから、誰もいない通路に一礼して帰っていった。
「…おつかれさま」
ミゾレがねぎらいの言葉をかける。帰っていった者だけでなく、これまで交代でやってきたボディーガードたち全員にその気持ちを贈った。気持ちどころか姿も声も感じてもらうことはできないが、彼女はそうしたかった。
その後で、誰もいなくなった『部屋のない部屋』330号室の前に立つ。ドアに薄く残っている330という数字を見て、軽く呆れながら腕組みをした。
「330で『ミゾレ』ね…まあわかんなくもないけど」
その時、ゲンの大きな声が聞こえてきた。
「嬢ちゃーん! ミゾレの嬢ちゃん!」
「!」
ミゾレはすぐに振り返る。彼の服を目にすると、思わず声をあげた。
「あれ…?」
ゲンはいつも穴が空いた灰色のシャツを着ていた。しかし今着ている服はまっさらな青いポロシャツだったのだ。
彼がそばまで来ると、ミゾレは大きな身振りで服を指差しながら尋ねる。
「ゲンさん、なんかいつもよりいい服着てるじゃない。どうしたの?」
「おお、わかるか?」
ゲンにはミゾレの声が聞こえない。しかし姿は見えるので、彼女が服を気にしていることは身振りでわかる。
彼は両手を腰に当てると、胸を張りながら自慢げにこう言った。
「わしなあ、今度掃除の仕事をすることになったんじゃ!」
「えっ?」
「あの兄ちゃんに情けないと言われたじゃろ? 嬢ちゃんの前で痛いとこ突かれたもんじゃからな、なにくそと思って仕事を探したんじゃ。そしたら雇ってもらえてのう」
「ほんとに? すごいじゃない!」
「この服はな、がんばれっつって社長が買ってくれたものなんじゃ!」
「ええー、そうなの!? よかったねえ!」
ミゾレは全身で驚きと喜びを表現する。
ゲンは笑顔でうなずくと、感謝の言葉を口にした。
「これも嬢ちゃんがわしのそばにいてくれたおかげじゃ。本当にありがとうなあ」
「ゲンさん…」
「待っとれ、いずれ指輪のひとつでも買うちゃるけえの!」
「もぉー、ゲンさんったら…指輪のひとつって、意味わかって言ってるの?」
「わしゃあがんばるぞ! まだまだこれからじゃ!」
「ふふっ」
ミゾレは微笑む。微妙に噛み合わない会話のおかしさと、希望に燃えるゲンのまぶしさが彼女を笑顔にしていた。
「本当によくがんばったね。えらいよ、ゲンさん」
彼の頭にそっと手を乗せ、優しくなでてやる。
これがゲンをますます元気にした。
「むほーっ! ミゾレの嬢ちゃん、ありがとうな! わしゃこれから研修じゃけぇ、行ってくるでの!」
「はーい、気をつけてね」
まるで少年のような笑顔を浮かべて外へ向かうゲンに、ミゾレはひらひらと手を振る。彼は何度も立ち止まっては、彼女に手を振り返していた。
ゲンの姿が見えなくなった後で、ミゾレは屋上へ向かう。いくつかの天井と床を突き抜け、朝日輝く青空の下に出た。
地上に目をやると、ちょうどゲンが迎えの車に乗り込むのが見えた。彼を乗せた車は愛光館を離れ、街の外に向かって走っていく。
「がんばれ…」
ミゾレはそっとエールを贈った。見えなくなるまで、車を目で追い続けた。
その後、屋上の縁に座るとぼんやり遠くを見つめる。
「ひとりで生きてるもんと思ってたけど……」
やれやれと苦笑した。
「誰に生かされてるか、なんて…わかったもんじゃないわね」
静かでありながら芯の通った声が、空気をわずかに震わせる。ミゾレはそれに気づかないまま、立ち上がって伸びをした。
「さーて、今日も楽しみますかあ!」
屋上の床に潜り、各階を巡っていく。赤い着物を着た幽霊は今日も、愛光館に住む人々を笑顔で見守るのだった。
>Fin.
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