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もしかしたら、実はこういう寂れた風貌を売りにしている旅館で、なおかつ中にいる人はみんな静かなだけっていうだけで、本当は中に人がいるのかもしれない。
そうとあれば、いつまでもこうして入口でアホみたいに突っ立っているわけにはいかない。中に入って、状況把握となる手がかりを少しでも見付けなければならない。
私は意を決して扉に手を掛け、ゆっくりと開けた。
「お邪魔しまーす……」
万が一にも扉の向こうに誰かがいた場合のことを考え、控えめながらもハッキリと声を出すことで、自分の存在をいるかも分からない相手に知らしめる。
中は薄暗く、電気らしいものが点灯している様子は1つもない。背後にある太陽の光のおかげで、たくさんの埃が舞い上がっていることだけは視認できた。
──あっ。
扉を開け、中を覗き見て、瞬時に理解する。
ここには人が……〝いないこと〟を。
扉を全開にすることでより明るみに晒された扉の奥は、あからさまにボロボロで、ところどころ崩れてしまっている。
この状態で現役だと言われても……私には到底、信じられない。明らかに人が泊まれないほどボロボロなわけだけれど、こんな旅館に泊まるという人がいるのなら一目でいいから見てみたい。
いや、そもそもの話、こんなボロボロに崩れてしまっている旅館では、働いている従業員さえもいないだろう。
つまり……この旅館は廃旅館で、中は無人。
人は〝私ひとり〟ということになる。
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