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何とかオスを追い払うことに成功したメスライオンは、近くの茂みで伏せて震えているガゼルのもとへと戻った。
すると、少し先に身体の大きなガゼルがこちらを恐る恐るといった面持ちで覗いていた。ツノはあったが短く、恐らく大人のメスのガゼルだろう。小さなガゼルの子はその方を見ると驚いたように目を見開き、立ち上がって大きなガゼルの目を見つめた。
そしてガゼルの子は振り返り、今度はメスライオンの瞳を見つめた――。
メスライオンはただガゼルの子の瞳を同じように見つめ返す。
ガゼルの子は逡巡しているようだった。
その時、メスのガゼルが鳴き声を上げた。
するとガゼルの子は耳をピンと立ててその声に反応する。
ガゼルの子はもう一度メスライオンの方を見た後――少しずつメスのガゼルのもとへと歩を進めていった。ライオンはその様子を身じろぎひとつせずにずっと見つめている。
ガゼルの子は自身の母のもとに辿りつくと、甘えたように頭をその身体に擦りつけた。それを見た母親は安心したように目を細めると、ほんの一瞬だけメスライオンに目を向ける。
母親のガゼルから見て、メスライオンはただの捕食者だった。何故自分たちを襲ってこないのか彼女には理解できなかったが。
ガゼルの子は母親と一緒にライオンをしばらく見つめていたが、母に急かされると逃げるように共にその場から走り去っていった。
後にはオスとの戦いによって傷を負ったメスライオンだけが残された。
※
――赤い太陽が、荒れた大地を容赦なく照り付けている。
日によって熱せられたサバンナの土から昇るのは、動物たちの生命の匂いだ。
メスライオンはゆっくりと歩き始めた。行くべき場所など無い。果たすべき目的も無い。
ただ、生きるためだけに。
そのうち暗い空に雨雲が広がり、サバンナは急なスコールに襲われた。
激しい雨が、彼女の小麦色の身体に降り注いだ。
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