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ライオンの母とガゼルの子
熱く燃える太陽が、サバンナの大地を焼いている。
その枯れ草のなかを歩くのは、口からぶらりと何かを垂らした一頭のメスライオンだ。
それは彼女が捕らえた獲物のようにも見えたが、そうではなかった。
ライオンが口にくわえているのは、数日前までは生きていた彼女の子どもである。
そう、数日前――彼女が属していたライオンの群れは全滅した。
いや全滅したという表現はふさわしくない。一頭だけ生き残ったのだから。
彼女の群れは、ライオンに縄張りを侵されたと思った象の群れによって踏み荒らされた。
分厚い皮膚、強靭な脚と鼻を持ちあわせる象の力の前に、ライオンたちはひとたまりもなかった。
あっという間に蹴散らされ、メスライオンのまだ小さく子猫のような子どもたちにも象は容赦が無かった。
一頭は踏み潰され、もう一頭はその大蛇のような鼻にはね飛ばされた。
最後の一頭は即死こそしなかったものの、白く湾曲した牙によって切り裂かれ赤い鮮血が飛び散った。
ライオンは生ぬるい血を垂れ流すその子を必死でくわえ、荒れ狂う象の群れから命からがら逃げ出したのだった。
即死こそしなかったものの、最後の子ライオンもすぐに事切れた。
メスライオンは口の中で体温を失っていく我が子に気づきながらも、まるでまだ子どもが生きているかのように庇いながら枯れ草の大地を歩き続ける。
そして数日が経ったのだった――。
メスライオンはもうずっと何も口にしていない。我が子を咥えたままだからだ。
しかしこのままだと彼女自身の命も危うかった。
そのとき少し遠くの方に小さな水辺が見えた。
ライオンは水辺の側に行きそっと動かない我が子を地面に下ろすと、舌を伸ばし懸命に濁った水を飲んだ。
久しぶりに感じる喉を潤す水の感触。それは彼女の正気を少しだけ取り戻させたのだろう。ライオンは地に伏す我が子をそっと見つめたあと――。
諦めたように肩を落とし、力なくその場を後にしたのである。
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