1.犬がほしい

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1.犬がほしい

 夢というほど大げさなものじゃないけど、ヒロシの子供の頃の願いは犬を飼うことだった。  親にせがんで、どうにかなるものなら力の限り頑張って、親を説得しただろうが、公営団地で育ったヒロシは、子供ながらに「この家じゃ犬は飼えない」とわかっていた。  ごく平凡なサラリーマンだったヒロシの親は、自力でセレブになるなんて事は考えず、これまた他のごく平凡なサラリーマン諸氏と同じように、一縷(いちる)の望みを宝くじに託していた。  年末になると、ジャンボを片手に「これがあたったら~~」どうたらこうたらと夢を語るので、それを聞いたヒロシは、宝くじが当たりさえすれば、一家は大きな一軒家に引越し、そこで犬も飼えると信じ、毎年クリスマスにはサンタに宝くじの当たり券をプレゼントしてくれ! と願っていたが、いつも枕元に置かれているのはロボットやらゲーム機やらで、そのたびにヒロシはガッカリした。  それでもサンタの機嫌を損ねて、来年から来てくれなくなったらいけないと我慢していたが、ある年、枕元に大きな犬のぬいぐるみが置かれていたせいで、気持ちを逆なでされたヒロシは、ついに癇癪(かんしゃく)を起こし、25日の朝っぱらからサンタを、クリスマスを、中の下である自分の家庭を、子供のまずしいボキャブラリーの中で、精一杯に罵り、親を困惑させた。  その年以来、ヒロシはサンタクロースを信じなくなってしまったが、代わりに「大人になったら必ず、一軒家に住んで犬を飼おう」と心に決めた。
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