ヤンキー彼氏の大きすぎる偏愛

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 その後、睦が素直に眠るわけがなく、ちょっかいをかけられてる間に夜が明けてしまった。徹夜である。  さすがに二人仲良く出勤。というわけには行かず、八戸は原付きで、睦は電車とバスを乗り継いて現場に出勤した。  仕事が始まれば、二人は自分の職務に集中した。同じ敷地にいても目が合うこともほとんどなく、昨夜の甘いやり取りが嘘のようであった。  昼休みになると、八戸は職人たちと囲んで配給の弁当を食べる。その職人の中には睦もいた。彼らの会話を聞きながら、八戸は自宅から持ってきた水筒を手に取った。  銀色の円柱を見下ろしながら、八戸はぽつりと呟いた。 「これぐらいあったよなぁ……」  考えているのは睦のイチモツについてである。  いくら八戸がバリネコだからと言って、何でも吸い込むブラックホールを持っているわけではない。物事には限界というものがあるのだ。  たとえ八戸の性癖を告白して受け入れられたとしても、こんなものを挿れられてはぶっ壊れてしまう。しかし睦に突っ込んだところで、待っているのは中折れする未来だ。  十代のイケメンと付き合う代償とはこれほどまでに大きいものなのか。  真剣に考え込んでいると、聞き慣れたスマホの通知音が鳴った。睦のスマホだ。メッセージの着信を知らせる音が連続して入り、睦は慌ててバイブに切り替えた。 「すんません。昨日家に帰ってないから、親がうるさくて」 (おい)  とっさの言い訳で墓穴を掘った睦は、先輩職人たちの格好の好奇の的となってしまった。 「なんだ、朝帰りか。若いヤツはいいよなぁ」 「へー、睦、お前彼女いたのか?」 「最近できました」  先輩職人に肘で突かれ、睦は照れくさそうに笑った。  その言葉に場がどっと湧いた。睦の初々しい反応に先輩たちの興味がますます強まる。八戸だってその彼女が自分でなければ、きっと同じ反応をしただろう。 「相手いくつだ?」 「三十す」 「さんじゅう!? お前、十八だろ。十八と三十。すげぇな、こりゃ」  親方のひっくり返ったような声を、痛ましい気持ちで聞く。これが世間の正しい反応なのだ。なんだか罪悪感が半端ない。 (ああ、むつきゅん、もうやめて。俺の心臓が持たない……) 「睦、俺にはわかるぜ。アッチが良かったんだろ?」  親方が喜々として箸で睦を指し、真っ昼間にふさわしくない話題にする。八戸はたまらず口を開いた。 「佐竹さん、セクハラですよ」 「なんだよ、男同士じゃねぇか」 (そうだよ、男同士なんだよ)  しかし親方は八戸の忠告など意に介さない様子で、「どうなんだよ」と睦に答えを促した。彼は困ったような苦笑を浮かべて曖昧に頷いた。 「確かにそれも良かったんすけど……」 (言うなよ、バカ)  ちらり、と睦の視線が八戸に向けられた。そして視線を結んだまま言い放った。 「尊敬してるんすよ。俺、その人のこと」  彼の言葉があまりに真剣で、周りが一瞬静まり返った。  八戸は返す言葉も失い、ただ瞬きを繰り返すだけだ。しかしすぐに元の軽い空気に戻り、興味津々な質問が飛ぶ。 「彼女、何してる人なんだ?」 「秘密す」 「生意気な」  その後も茶化すように色々と尋ねられていたが、相手が誰か分からないようにはぐらかしてくれた。周りもそれ以上睦が答える気がないと知ると、興味が削がれていった。その様子に八戸はほっと胸をなでおろした。 「お水の女なら止めておけよ、大やけどするぞ」 「それ親方でしょ」  親方の見当違いなアドバイスにみんなが笑って、ようやく話題が終わった。食べ終わった職人たちが次々と喫煙所へと消えていく。
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