ヤンキー彼氏の大きすぎる偏愛

15/22
前へ
/27ページ
次へ
 この現場で煙草を吸わないのは睦と八戸含めて数人だけだ。睦は頃合いを見計らって、八戸の隣に移動してきた。 「むつきゅん……びっくりさせないでよ」 「すんません」  小声で咎めると睦は申し訳無さそうに頭をかいた。 「でもさっきの、本当すから」  睦は周りの人気を確かめてから、そっと腹の中を打ち明けた。 「俺ね、本当は皆に言いふらしたいぐらいすげぇ嬉しいんすよ。八戸さんみたいな立派な人が俺を相手にするなんて思ってなかったから」 「……立派だって?」  思いもよらぬ言葉にきょとんとしてしまう。しかし、睦は大真面目な顔で大きくうなずく。 「だってすげぇじゃないすか。誰よりも早く現場来て、親方たちと対等にやりあって、図面まで作って。すげぇすよ」 「そんなの監督なら普通だよ」 「あと俺を高校中退の危機から救ったす」 「……それは覚えがないけど」  いくら考えても彼を救った覚えなどない。睦は少し恥ずかしそうに過去を振り返った。 「俺が一年目の時、仕事もきつかったし、早々に高校の留年も決まって腐ってたんすよ。高校も辞めようって思ってたんすけど、その時の八戸さんがめちゃくちゃ冷たくて。『自分が決めたことを曲げる人は、どうせ仕事もすぐ辞めるよね』って言われたんすよ。その時、めちゃくちゃ悔しくて……」 「……思い出した。あの時はごめんね」 「いいんすよ。見返してやろうって思ったんで。次、現場が被ったら、俺のこと無視できないぐらいになってやるって」  三年ほど前だ。確かに八戸は睦に冷たく当たった。それは、睦のためを思っての行動ではなく、本当にすぐに辞めてしまう子供だと思ったからだ。それを辞める理由にせず、奮起する言葉に変えたのは睦自身の強さに違いなかった。なのに感謝してくるなんて彼の心はどこまでも純粋だ。その心を映すように笑顔も無邪気だった。 「八戸さんは俺のことなんて覚えてないだろうなって思ったけど、この間再会した時『君、いい職人になったね』って言ったじゃないですか。あれ、めちゃくちゃ嬉しかったっす」 「だって、本当にそう思ったんだもの」  二人が急速に距離を縮めたのはその会話がきっかけだった。八戸はやたらと自分に懐いてくれる若い職人に浮かれていたが、その裏でそんな理由があったとは思いもよらなかった。 「確かになんかエロい目で見られてるってのは分かってたけど、それと彼氏にするかとかは別じゃないですか」 「まあ、確かに」 「この現場が終わったら次いつ会えるかわかんねぇし、勢いで告って、いいよって言ってもらったけど、実は今でも信じられねぇっつーか……なんか夢みたいに思っちゃって……」 「睦くんが思うほど、俺は全然立派じゃないよ」  八戸は足場の向こうに見える晴れた空に視線を移した。 「正直に白状すると、君が告白してきた時、職場の子はまずいって思ったし、どうやって逃げようかってばかり考えたし、君をタクシーで家まで連れ帰る時は、君の親御さんへの言い訳ばかり考えてた。さっきも君は俺にメッセージを送ってくれたのに、俺はバレませんようにってそればかり祈ってた。我ながら器の小さい男だよ」  言わなくてもいいことだったかもしれない。だけど、こんな純粋な思いをぶつけられてしまったら、黙っているわけにはいかなかった。 「幻滅した?」  八戸の問いに睦は首を横に振った。なんだか神妙な顔をさせてしまった彼を笑わせたくて、八戸はわざと軽い調子で尋ねた。 「じゃあ日曜日、デート誘ってもいい?」 「え、休めるんすか?」 「君が家出しなければね」 「しません。親と仲良くします」  睦は両膝に手を乗せて、優等生さながらの返事をよこした。そんな彼の肩を軽く叩いてから立ち上がる。すると睦も立ち上がって、そっと耳打ちしてきた。 「ローション持ってった方がいいすか?」 「むつきゅん!」  声を抑えながらも咎めると、彼は昨夜と同じ悪戯っぽい笑みを見せた。 「八戸さんって攻められると弱いっすよね」
/27ページ

最初のコメントを投稿しよう!

211人が本棚に入れています
本棚に追加