缶コーヒーはブラックで

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 しかし店を出て少し歩いたところで睦の足が止まった。 「星野くん……?」  振り返ると彼は直立不動で俯いていた。気分でも悪いのかと思って、その顔を覗き込むと今にも泣きそうな表情だ。彼は言葉を詰まらせながら小さな声で呟いた。 「あの……親方たちは悪くないです。俺が勝手に飲んだんで……」 「なんでまたそんなことを」 「八戸さんもう来ないと思って……。ムカついて飲みました」  盛大なため息が口から漏れた。まだ怒りがくすぶっている八戸にはその理由があまりに幼稚に聞こえた。 「遅れてごめんね。でも、だからって飲んじゃだめだよ」  なるべく柔らかい言葉で諭したつもりだったが、返ってきたのは反抗的な視線だった。 「……なんで俺だけ酒飲んじゃいけないんすか」 「君は未成年だから」 「でも俺は大人と同じように働いてるじゃないすか。なんでこういう時だけ別にされなきゃいけないんすか」 「あとたった二年我慢すれば、好きなだけ飲めるだろ」 「たった二年なんて簡単に言うなよ!」  睦の大声に通行人が何事かと好奇な視線を投げてくる。しかし彼の怒りは収まらず、湧き出る不満に唇を歪ませた。 「もう社会に出て三年だぜ。仕事も普通にやってんのに、若いってだけでどいつもこいつも俺を半人前扱いしやがって。年がそんなに大事かよ。くそ……」  彼は悔しそうに吐き捨てたが、その瞳は濡れていた。その濡れたまつげを見つめていると、彼ははっとした顔になって、気まずそうに目をこすった。 「……す、すみません、八戸さんにこんなこと言って」 「いいよ。俺でよかったら話を聞くよ」  泣いてるむつきゅん可愛い。  この期に及んでこんな不謹慎なことを真っ先に考えてしまう自分を叱りつけ、八戸は方向を変えて歩き出した。タクシー乗り場に背中を向けて、向かったのは飲屋街から少し離れた住宅街にある小さな公園だ。一つしかないベンチに彼を座らせると、自分もその隣に腰掛けた。  こうやって二人きりで話せるチャンスなど滅多にない。自販機で買ったコーヒーをカイロ代わりに手で転がしながら、少し大人ぶった口調で切り出した。 「君もさ、大人に囲まれて本当によく頑張ってると思うよ。でもしんどい時は誰かに愚痴を聞いてもらったりしたりして甘えたっていいと思うよ。俺でよかったら相手になるし」 「甘えるって……」  睦が困惑したような目を向けてくる。甘えるなんて言葉を使ってまた彼のプライドを傷つけてしまったかと思ったが、そうではなかったようだ。彼は八戸との距離を詰めると肩に頭を乗せてきた。 「甘えるって、こんな感じですか?」 (甘え方が物理的!?) 「ま、まあ、それも一つの手段だね」  なんて役得なんだ。  余裕ぶった口調だが、頭の中はパレード状態だ。本当は胸いっぱいに彼の匂いを吸い込みたいところを、理性でなんとか堪える。  すると、今度はぎゅっと抱きしめてきたではないか。ここが外でなければ、うっかり服の中に手を入れてしまう程度のことはしたかもしれない。あくまで社会人の先輩としていやらしくないよう背中をさすってやった。  しかし、彼の『甘え』はとどまることを知らず、強い力で抱きしめられるとそのまま強引にベンチに押し倒された。 (ん? んん~~??) 「ほ、星野くん……?」  何が起こっているのか理解が追いつかない。ベンチに仰向けになって呆然としていると、濁った夜空を背景に彼の痛いほど真剣な眼差しがぶつかった。 「八戸さん、好きです」
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