缶コーヒーはブラックで

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 突然すぎる告白に八戸の思考は真っ白になった。  睦が自分を好き? なぜ?  いや、それよりなんと答えるべきか。  喜びよりも真っ先に疑問と打算が浮かぶとは、嫌な大人になってしまったものだ。しかし目の前の少年は澄んだ瞳を輝かせている。 「俺のこと、男としてどう思いますか?」  恐れを知らないド直球の質問。  もっとうまい言い方があるだろうに、どうしてそんな傷つきやすい質問を選んでしまうのか。そんな正面から来られてしまっては、逃げるしかなかった。 「どう思うって言われても……。君みたいな有望な若者がわざわざ俺みたいなおっさんを選ばなくてもいいんじゃないか……」 「八戸さんはおっさんじゃありません。なんでそんな言葉で逃げるんですか。俺のこと嫌いですか」 (極端か) 「嫌いじゃないよ」  恋愛感情を好きか嫌いかだけで判断できる純粋な心が羨ましい。彼と恋愛するにはあまりに荷物が多すぎる。それを相手にもわかるように噛み砕いて説明した。  「君は取引先の大事な職人で、未成年で、高校生だ。手を出したら社会的に殺される」 「そんなこと今関係ないですよね」 「いや、関係あるだろ! なに一蹴してるんだよ。それがなかったら俺だって今頃……」  慌てて口をつぐんだがもう遅い。頭上にのしかかった少年はニヤリと意地悪な笑みを浮かべた。 「今頃……なんですか?」 「いや、それは……」 「八戸さん、俺のこと嫌いなわけないですよね。時々俺のこと、下の名前で呼ぼうとしてるし」 (バレてる) 「服の中覗いてくるし」 (バレてる!?) 「着替えはガン見してくるし」 (バレてる!?!? よくそんな男好きになったな!)  あまりの恥ずかしさに穴にも入りたい気分だ。逃げ場のない今の状況では沸騰したみたいに暑くなった顔を両手で覆うのが精一杯だった。 「ご……ごめんなさい……」  蚊の鳴くような小声が手の中でくぐもった。視界を覆った手の向こうで彼が動いた気配がした。睦は内緒話をするように耳元で囁いた。 「なー、八戸さん、俺のこと好き?」  ただでさえ熱い顔がさらに温度を上げていく。全部取っ払って好きかと聞かれれば、答えはもちろん決まっている。 「……好……好きです……」  言ってしまった……。  たったそれだけを言うのに、全速力で走ったあとみたいに心臓が暴れだして苦しい。  顔を隠しておいて本当に良かったと思った。きっとひどい顔をしている。  しかし、睦はさらりと次のステージを要求してくる。 「キスするから手、どけて」  八戸は両手を顔の前に隠したまま怒鳴った。 「いや、キスはダメ! ここ外だぞ! 公共の場! それにそういうのは未成年とやったらアウトだから!」 「……んだよ。めんどくせぇな……」  舌打ちとともに低いボヤキが聞こえる。キスは諦めたのか、八戸は両肩を掴まれて起こされた。服についていた砂を払ってくれる。 「あ、ありがとう……」  あまりにあっさりキスを諦めたので、拍子抜けというか少し残念ですらある。八戸はようやく顔を隠していた手を解くと、微笑を浮かべた。 「ほら、これでいつでも逃げれるでしょ」 「え」 「嫌だったら逃げればいいじゃん」  あっけらかんと睦は言う。
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