ヤンキー彼氏の大きすぎる偏愛

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ヤンキー彼氏の大きすぎる偏愛

 遊園地に来たのは何年ぶりだろうか。  エントランスをくぐった先にはファンシーな土産屋が並び、キャラクターのカチューシャやフードを被った人々が笑顔で行き交っている。そんな光景を八戸は呆然と見遣った。こういう場所を縁遠い場所だと決めつけていた八戸にとって、ここに自分がいることが不思議でならなかった。 「八戸さん」  自分を呼ぶ声に振り返ると、金髪の少年が黒い耳のついたカチューシャ片手に立っていた。切れ目の瞳を輝かせて満面の笑みを浮かべている。彼は星野睦。先日、八戸の恋人となった男だ。  八戸よりも一回り年下の彼はコートにジーパンというラフな格好だが、スタイルがいいせいでそれだけで様になる。こんな美少年が自分の恋人になんて未だに信じられない。ある日突然好きだと言われ、押しに押されて恋人になった。ドッキリだろうと身構えたが、未だに種明かしがないまま今に至る。  睦は無邪気な笑顔のまま、持っていたカチューシャを八戸の頭につけた。 「はい、八戸さんの分」 「え、俺の?」  先程、睦にここで待ってろと言われて土産屋の前で待っていた。まさかカチューシャを買ってくるとは思いもよらず、戸惑う。  ハート型の窓ガラスには似合っているとは言い難いカチューシャを付けた三十歳の男が映っている。 「こういうのはノらないと損すよ」  浮かない顔に気づいたのか睦はどこか励ますような口調だ。彼はキャラクターが描かれたビニール袋の中からもう一つ、リボンの付いたカチューシャを取り出すとその金髪の頭に取り付けた。そのカチューシャはリボンの上に花嫁を模したレースまで付いている。男らしい彼とは対極のデザインに八戸はぎょっとした。 「なんでリボン付き選んだの。こういうのが好きなの?」 「好きじゃねぇすよ。でも、八戸さんが喜ぶと思って。……似合う?」  彼は頭上のレースを整えながら、少し照れくさそうに笑う。そんな笑顔に八戸は条件反射で頷いた。 「すっごく可愛い」 「可愛いのは八戸さんだろ。素直すぎ」  朗らかに笑う彼に八戸は恥ずかしくなって視線を落とした。その手にはしっかりと写真を撮るためのスマホが握りしめられている。その顔を覗き込むついでにぽつりと呟きが聞こえた。 「あー、キスしたい」 「駄目駄目、まじで駄目! 子供とかもいるし!」 「……分かってますよ」  口ではそう言っているが、仕方なくといった様子で睦は八戸から離れた。八戸はスマホを見つめたまま思い切って口を開く。 「む、む、むつきゅん、しゃ、写真撮っていい?」  睦は一瞬、きょとんとした顔を見せたあと、微笑を浮かべて八戸のスマホを手に取った。 「一緒に撮ろうよ」  そう言って八戸のスマホを手慣れた様子で操作すると高く掲げた。腰に手を回され、密着されるとそれだけでどぎまぎしてしまう。ピースはすべきかどうかなどと迷っていると、シャッター音と同時に頬にチュッと音が鳴った。  頬にキスされたのだと気づいてもすぐには反応できなかった。そんな八戸を尻目に睦はスマホを眺めながら、よく撮れてると満足気に笑っている。 「見て、八戸さん」  動物の耳をつけた緊張した自分に目をつぶって頬にキスをする睦の写真を見せられた途端、八戸はようやく我に返った。 「む、むつきゅん!」  赤面して怒鳴る八戸に睦は再び笑い声を上げたのであった。
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