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落と共に笑い声を上げ、多少の緊張が解れたのか、澪の腹からぐうぅと間抜けな音が響いた。
「……」
「腹が減ったようだな」
「……すみません」
断っておいてなんて間抜けな……と澪は顔を赤くして俯いた。そんな澪に伊吹は微笑を浮かべ「無理もない。さあ、食べるといい。今朝採れた新鮮なものばかりだ」そう言って澪の前に膳を置いた。
目の前には多くの料理が並んでいた。澪は、梓月との出会いを思い出していた。あの時、梓月もこのように食事を与えてくれた。
澪が歩澄に疑いをかけられたということは、梓月も同じように問い詰められているやもしれぬ。己の我が儘のせいで歩澄に責められることがあったとすれば、とんでもないことをしてしまったと胸が締め付けられるようだった。
「どうかしたか? 嫌いなものでもあったか?」
「い、いえ! とても美味しそうだと感激しておりました! ありがとうございます、いただきます」
澪は慌てて顔を上げ、箸を手に取った。蓋を開ければまだ中身は温かく、出汁の香りが立った。煮物に焼魚に酢の物。白米は米粒が一つ一つしっかりと膨らんでおり、輝くほどの白さを放っていた。汁物はあおさが磯の香りを高め、心が落ち着くようだった。それを一口飲めば、鼻から抜ける風味豊かな味わい。
匠閃郷でも潤銘郷でも味わったことのないうっとりとするような美味だった。
「……美味しい……」
その美味故に思わず吐息が溢れ、目を丸くさせた。
「ふ……ここで採れたものはどこよりも新鮮だからな」
「潤銘郷の食事もとても美味しいのですよ。翠穣郷の食料を使っていると言っていましたし……ですが……」
「比較にならぬであろう? 潤銘城と翠穣城は互いに海側に面しているからな。この辺りで採れたものがより鮮度が高く良質だが、先程も言ったように潤銘郷までは距離がある。故に栄泰郷との郷境で採れた物を出荷している。新鮮な物に変わりはないが、それでも一日かかる故、採れたてのものとは比べ物にならぬ」
「はい……。凄いです。新鮮なものはこうも味が違うのですね」
「ああ。畑にはまだまだ多くの野菜がある。あとでその場で食わせてやろう」
伊吹は、食物を褒められ機嫌をよくしたのか、満面の笑みを見せた。子供のように嬉しそうな伊吹に、澪は自然と笑みを溢した。
「落様は確か自ら田や畑に出て農作業をするのでしたね」
「……そんなことまで知っているのか」
「はい。昔は女は郷のことに口出しをするなと言われ、他郷のことなど何も知りませんでした。ですが、歩澄様と出会い少しずつですが政や他郷の環境にも興味が湧きまして……」
「そうか。其々郷には特徴があり、民の考え方も違う。全ての郷を統治し、王になるのは容易なことではない」
「はい。然れど、歩澄様には王になっていただきたいと考えております」
「……どこの郷も自郷の統主にと考えている。そなたは何故歩澄に任せたい?」
伊吹は澪を責めるでもなく、胡座をかいた膝の上に頬杖をつくと穏やかな表情でそう尋ねた。
「歩澄様は、ちゃんと民のことを考えてくださる方です。最初は私も異文化に染まる郷だと思っておりました。ですが、潤銘郷で働く匠閃郷の者も多数おります。匠閃郷は、翠穣郷のように全ての郷と武具や建築の取引をしています。それ故、昔は匠閃郷と潤銘郷も良好な関係が築けていたと聞きました。
然れど、それも時代の流れと共に変わってしまいました。今では落様が言った通り、ただの利害関係です。ですが、私は其々の郷には其々の良いところがあり、その郷の特徴を活かしたまま足りない部分だけを補い合える良好な関係が築ければいいと思うのです」
「最もだ。私もそう思っている。誰もがそう思っているのだ。だが、そうはいかぬから王座争いが勃発する」
「はい。ですが、歩澄様なら可能だと思うのです」
「何を根拠に」
落はきょとんと目を点にした後、大声を上げて笑った。
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