命乞い

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「その大切な人を守るためには、まず自分のことを守らなきゃならない。誰かに殺されるなんて、あってはならない。いいね? 強くなるんだよ」  九重は、澪に厳しくも優しかった。刀工である九重は、刀の仕組みや造り方を教えた。特徴を理解させることで、刃の長さや重さが違っても、その刀の力が最も引き出せる技術を教えたのだった。  城での稽古もあって、澪の刀の使い方は手慣れたものだった。しかし、乱暴で力任せ。これでは腕や足に負担がかかり過ぎてしまう。  強くなる前に、体が限界に達するだろう。  それを危惧した九重は、勧玄(かんげん)という男を紹介した。齢五十二、九重より少しだけ若い男だった。藍色の短髪とがっしりとした体格。澪が今まで見てきた男の中で一番背が高かった。  勧玄は洸烈郷(こうれつきょう)の出身で、名を馳せた大剣豪だった。  洸烈郷とは、五つの郷の中でも最も武力に長けた郷である。強者が多く、修行のために洸烈郷へと出向く者もいる。  現在の洸烈郷の統主、煌明(こうめい)が十五歳の時、当時の統主を含むたったの五名で、栄泰郷(えいたいきょう)が襲撃してきた軍勢三百人を返り討ちにしたという話は有名である。  国王が存在していた時にも、こういった戦が勃発することは度々あった。本来では、互いの郷の特徴を活かし、交流を図っていくべきである。しかし、時として戦に発展するほど事が上手く運ばないこともあった。  そんな郷出身の勧玄は、まだ若く無名だった九重の刀に目をかけ、彼の鍛刀した刀を愛用した。  その腰につけられているのは、現在では幻の刀と言われている〔万浬(ばんり)〕。九重の造る刀には、全て自分の名前である(かいり)という字がつけられている。  刀は軽く、強く、耐久性にも優れている。その刀を一太刀すれば、二度と他の刀は握れなくなる。そう噂される程、扱いやすい刀であると誰もが思っている。  しかし、本当のところは勧玄の颯爽と舞う脚力についてこれるよう、従来の刀よりも軽くしたものであり、勧玄の技術なしでは軽すぎて、人肉などとても斬れぬ代物。他者が使用するには、万浬はがらくた同様であった。  しかし、そんなことなど知らない剣豪達は、是が非でもその刀を欲しがった。  万浬を求めて決闘を申し込む者、襲撃する者もあったが、勧玄はそれを尽く打ち負かせていった。  そんな勧玄も「こんな暮らしにも飽きた」と洸烈郷を出て匠閃郷で暮らし始めたのだった。 「これがお前のお孫さんねぇ。なんだか……色気もへったくれもねぇな」  そう言って勧玄は顔をしかめた。 「そう言うな。わけあってこんな姿にさせられてしまった。……頼めるか?」 「当たり前だろ。その代わり、万浬(コイツ)の修復頼むわ。錆びやすくって敵わん」 「またか……。まあ、いい。澪の稽古をつけてくれるのなら、御安い御用だ」  そう言って九重は、所々錆びが付いた万浬を受け取り、ふっと笑う。 「おい、(りょう)と言ったな? 俺はそんなに優しくないぞ」 「……はい」  その場にいるだけで強者だとわかる、偉大な気力と迫力。気を抜いたら一気に殺されてしまいそうで、澪はその場でぶるぶると震えた。 「澪。そう堅くならなくていい。勧玄はじいちゃんの親友だ。お前の体をもとに戻してくれる」 「……もとに?」 「そうだ。そして、今よりももっともっと強くなる」  そう言った九重の言葉は真だった。  勧玄は、正しい筋肉のつけかたから教えた。発達し過ぎた筋肉を適度に落とし、身軽さを与えた。  体重が軽くなったことで瞬発力が増し、澪の足は更に速く、跳躍力も増していった。  時には城の者が九重の元に訪ねて来ることもあった。澪を探しているのだ。  九重と勧玄は澪を匿い、稽古を続けた。途中、空穏(くおん)という澪の年と同じくらいの少年が一緒に稽古を受けた。  五年程一緒に修行をすると、空穏は洸烈郷で更なる高みを目指すと村を後にした。  再び一人になった澪は、刀の稽古だけでなく、様々なことを九重と勧玄から教わった。  彼らは、澪の命の恩人であり、恩師である。誰よりも大切な存在であり、ここにしか存在しない自分の味方。  しかし、その幸せは突然終わりを告げる。  
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