命乞い

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 親友の死を前に何もできなかったことに苛立ちを覚える。 (衰えたなぁ……。昔なら、一人で三十人なんて余裕だったがな。多勢に無勢か……。皮肉なもんだね)  勧玄は、自分の無力さを嘲笑った。  九重の家へとやって来たのは、宗方家正室付きの家臣達だった。何度か訪れてきては澪がいないかと血眼になって探していた。  九重も澪も、澪が宗方家の姫であることを隠していたが、勧玄は一目澪を見た瞬間から姫であることを見抜いていた。  いくら化け物に姿を変えられようとも、あの赤い髪は初代の王の言い伝えに似ていたからだ。  王の任期ははっきりとは決まっていないが、本来はその命が尽きるまで任務を全うする。  かつて王となるためには、統主になる時と同じようにその一族と血縁関係を結んだ者が候補として選ばれていた。  初代の王は匠閃郷出身だった。赤く、長い髪が特徴的で、豪快で慈悲深く、武力に長けていたことから全ての郷民から慕われていた。それがいつしか、王の在り方が変わっていった。  知能があれば武力などなくても民を総括することができる。そう考えた時期王。  他者を動かすなら、金である。人間とは欲にまみれた愚かな生き物。そんなふうに言っていると噂をされた潤銘郷出身の三十三代目の王。  それぞれの郷には各々特徴があるため、王としての考え方も郷の出身によって変わってしまった。  本来であれば子孫に王座が継承されていくのだが、民のことを考慮しない者が王として継承された時、民を想うが故の家臣による謀反が起こった。  武力を持たなくても王になれる。そんな一族の肩書きに胡座をかくような考え方が続き、戦力がないが故にあっさり家臣に暗殺されてしまった。  そこで措置がとられたのが統主の制度である。各郷に統主をおき、王はその五つの統主から選ばれる。より民からの信頼の厚いものに受け継がれ、王族との養子縁組をする。また、各郷の不平等が出ないよう、王は決められた郷の出身者から正妻を選ぶ。  先代の王の正妻は、栄泰郷出身だった。今期の王は、匠閃郷から決める。  王の座に就いた時、既に妻がいる者はその者を側室とし、正妻を新たに決められた郷から選ばねばならなかった。  暗殺されてしまった先代の王。彼は王座に就任したばかりであった。先々代の王を暗殺した疑惑が浮上し、彼もまたあっさりと暗殺された。  立て続けに王族での王座争いが起こり、それにより、王族はどの郷からも尊敬と信頼を失った。王族は王座を退き、時期王は五つの統主の中から新たに一族を選ぶ方針としたのだ。  國の法は王が決める。今後どこの統主が王になるかで制度が変わってくるだろうと民も気が気でなかった。  こう立て続けに王が不在となり、各郷が混乱していることはいうまでもない。その乱れた郷を統治するには、より優れた者の力が必要である。  王が就任したばかりで時期王の候補も上がっていなかった。そんな中、機能していない匠閃郷を除く四人の統主の力はほぼ互角。誰が王になっても不思議ではない中、王座争いは始まっていくだろう。  そんな嫌な予感を勧玄は抱えていた。  初代の王ならこの乱世を上手く統治しただろう。澪の赤い髪は、恐らく初代王の血。隔世遺伝か、あの髪の色をした人間は今まで見たことなどなかった。  それ故に、勧玄は澪に期待するものがあった。澪ならば、ゆくゆくこの国の戦力となるかもしれない。  痛みを知り、大切な者を守る強さを知り、慈悲深さもある。そして、大切な者を守るためには、不必要なものを切り捨てなければならない、そう割りきれる強さもあった。  勧玄は、澪の可能性に賭けて己の全てを澪に託した。素直に吸収した澪の戦い方は、勧玄に瓜二つである。
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