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寒い。
首に巻いたマフラーを口元まで引き上げ、強い風に煽られながら家路を急ぐ。
今日はついていなかった、と征海は独りごちる。
もう4年働いているコンビニでのバイトは、楽しくはないけれど淡々とルーティンでこなせるようになった。何事もなければ、特に愛想を振りまくこともなく、覚えた仕事を正確にこなしていれば終わる。
しかし今日は上がろうという時に、厄介なことで有名な老人がやって来て、こともあろうに征海のレジに並んだ。タバコの棚と反対側だ。
タバコ側もレジを開けていて、並び具合も同じくらいにも関わらずだ。それだけでも面倒だと言うのに、彼は「赤」とだけ言う。
「どれの赤ですか?」
つい、わざとらしくこう尋ね返した。
「わからんのか」
「どれですか?」
厄介な客が毎回指名するタバコの銘柄など、嫌でも覚えている。ウェストの赤だ。
「いつものだ」
その横柄な態度にいらついて、もう一度問い返す。
「どれですか?」
「わかるだろう」
「どれですか?」
つい意地になり、3度目のどれですか、を口にしてしまった。
「オレのタバコだ」
怒気を含んだその声に、しまったと心の中で舌打ちをする。征海は黙ってタバコの棚に向かう。彼以外買わないそれは、綺麗に陳列されたフェイスには入っていない。脇に積み上げられた、賞味期限切れ待ちの箱の中だ。
そこを探るが、ウェストの赤は出て来ない。ただ、名前の書かれた値札がついた空箱だけが残っている。
事務所のストックか、と事務所に入ってストックを隅々まで見る。が、そこにもない。
完全に品切れだ。タバコの担当者が昨日の発注日に急に休んだので、今日は入荷しなかったのだろう。週に数個しか売れない銘柄のストックなど、ギリギリしか持っていない。
仕方なくレジに戻ると、列は少し伸びている。それを見ただけでうんざりだ。
「品切れです」
事実だけをそう伝えると、彼は手にしていた財布をレジカウンターに打ち付けた。
「オレのタバコがないってのはどういうことだ!」
「申し訳ございません。品切れです」
「お前はやる気あるのか!」
そう言われたところで、征海はタバコの担当ではない。やる気のあるなしではなく、権限もないし、現実として在庫もない。
「申し訳ございません」
彼は激昂して、征海を叱りつけ始めた。
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