【短編】共犯者。

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 よくもまぁ、タバコが一つ売り切れているくらいでこれ程の言葉が出て来るなと呆れる。  5分も歩けば、品揃えのいいタバコ専門店があるが、彼はそれを知らないのだろうか。征海が趣味の巻きタバコの材料を買いに行くそこには、ウェストが全種類取り揃えてあったはずだ。  黙って、彼の罵詈雑言が頭の上を通り過ぎるのを待つ。  汚い声だ。聞いているだけで吐き気がする。 「お客様申し訳ございません。お話はこちらで伺います」  いつまでも止まりそうにない彼に、店長がやっと声をかけた。  どうせ、征海が怒鳴られて終わるならそれで済まそうとしていたのだろう。出馬が遅い。 「私、責任者ですので。さあ、どうぞ」  責任者と聞き、彼はそちらに興味が移ったようだ。促されて事務所に入って行った。  征海はそのまま並んでいる客を捌き、その間に彼は店を出て行った。店長の執り成しは成功したようだ。  それならばこの隙に上がろうと、他のスタッフに声をかけて事務所に入ると、今度は店長だ。 「大川、待て」  ロッカーに手をかけた瞬間、引き止められる。  ため息をついて振り返る。 「何ですか」 「何ですかじゃない。荒木さんが面倒なことくらいわかってるだろ」 「わかってますよ」 「対応にもっと気を付けろ」 「ウェストレッドが売り切れだったのは事実ですから、しゃーないでしょ」 「だこらそこをな」  今度は店長から説教だ。誰が対応したところで、売り切れという現実は揺るがないと言うのに。  彼の言葉が途切れるのを、上の空で返事をしながら待つ。彼の声も汚くて嫌いだ。  暫く余所事を考えつつ、声が止んだタイミングで「すみませんでした」と頭を下げる。 「今度から注意しろよ。帰っていい」  店長はそう言い残し、足早に事務所を出て行く。その後ろ姿を薄目で見送り、やっとロッカーを開けられた。  そのせいで、いつもより上がりが30分以上も遅れてしまった。冬の夕方の30分は、空の色をすっかり変えてしまう。  いつもよりずっと暗くなった道を、ポケットに手を入れて歩く。  気分がささくれだっているのがわかる。納得出来ない腹立たしさで、胸がザワザワと落ち着かない。  ポケットから、イヤホンを取り出して耳に入れた。手元でスマホを操作して、ミュージックアプリを立ち上げる。  こんな時に必ず聴くのは、ミットシュルディガーだ。
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