【短編】共犯者。

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 もう10年も前に解散した、決して売れてはいなかったインディーズのヴィジュアル系バンド。その重く苦しい世界観が、中学校に通うことの出来なかった征海をどれ程救ったことか。  登校しない征海を決して責めることなく、それでもライブにだけは出かけていた自分を、ただひたすら見守ってくれていた母にも感謝している。その両方がなければ、今の征海は存在しなかったかもしれない。  耳から流れ込む、もうどれだけ聴いたかわからない曲。  何度聴いても、重いドラムに絡みつく、大蛇のようなベースの音に首を絞められるような心持ちになる。そこへナイフで切り込んでくるギターの音は、征海の心臓を貫く。  そこから流れ出した血をすくい上げて、征海の魂を解放してくれる深く響く声。  これが、美しい声というものだ。  地獄から聴こえてくるような低い声だけれど、とても澄んでいる。暗闇に赤黒く射し込む光のようだ。  この歌があったから、征海は今も生きている。もしもこの声に出会わなければ、現実世界で血を流していたであろうことは想像に難くない。  ミットシュルディガーが、僅か3年の活動期間の間に遺したのは、このミニアルバム1枚だ。たったの6曲。それ以外の音源はない。  征海は今も、それを毎日聴いている。  解散後、別れ別れになった彼らの活動は、それなりに耳にはしている。  が、肝心のヴォーカル・(ひびき)の行方はわからないままだった。バンドを組んだという噂もなければ、ネット上にも姿はない。  解散からの10年、思いつく限りのキーワードを打ち込んで、定期的にネット上を検索している。それでも、手がかりのひとつも掴めない。  その度、二度と彼の歌を聴くことは出来ないのか、と絶望と諦めに押し潰されそうな気持ちになる。  ステージで見た彼の姿は、長い黒髪に黒いマントを纏い、いつも薄く笑っていた。決して歌以外で口を開くことはない。謎に満ち満ちていて、彼の人柄を伺い知れるのは彼が書く詞だけだ。  そのどれもが、これ以上ない闇の底を描いたような世界。そして、ここへは来るなと言っているように思えた。  そんな彼の消息がわからないのは、当然のような気がする。しかし、それはそれでとても不安だった。  彼は今、この世に存在するのだろうか。それとも、そもそも存在などしていなかったのか。  商店街から、裏道へと角を曲がる。
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