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そんな状況が何か月か続いて──知らせが入ったのは突然だった。
「ストーカーと思しき人物を発見しました」
ロングコートにサングラス、マスクといういかにもないでたちをしているやつをパトロール中の警官が見つけて職務質問をしたところ、バッグの中から手紙と──俺の写真が見つかったと。盗撮に気を付けていたにもかかわらず、盗撮されていたわけだ。その時はまだ会社にいたから、上司に手短に事情を話して早退した。こんな時、ホワイト企業に勤めていてよかったと思う。
駅から急いで駆け付ければ、そこには衝撃の人物がいた。
「──壮馬!? お前が何でここにいるんだよ」
「お知合いですか?」
「知り合いというか......元カレです」
衝撃に目を見開いて声を荒げれば、警察から冷静な声が返ってきた。まさかの人物に、動揺して言葉がうまくまとまらない。警察に捕まった元カレ──壮馬は、うなだれていて表情もわからなかった。
「お前、壮馬、お前だったのか? なんでこんなこと、」
言葉がまとまらないままに問えば、俯いている壮馬の肩が揺れた気がした。思わず注視する。
「なんでって?」
地の底を這うような声で壮馬が答えた。
「そんなの、お前が、お前が俺をフったからに決まってるだろう」
そういってゆっくりとこちらを見た壮馬は、別れ話をした時と同じような顔をしていた。
「俺はお前を愛していた! 家族にだって彼氏がいると打ち明けていた。お前は一つだって俺に不満を言わなかったから、俺は阿呆のようにこれからもずっと一緒にいられるものだと思っていた! 法で許されていないから結婚とかの形には残せないけれど、きっと法整備が進めば結婚するんだと! それがなんだ? 予兆も見せずある日突然別れようって! それを言われた時の俺の気持ちがわかるか!?」
一息でそう叫びきった壮馬の目は妙にぎらついて見えた。背中に嫌な汗が流れるのを感じる。
「絶望だよ! お前と別れて普通に女を好きになれるわけでもない、かといって男と付き合えるかと言われたらそんなことは無理だ! フラれた時に思ったよ、愛していたけれど愛されてはいなかったんだと!」
「俺は、お前を愛して」
「何を言ってるんだ! 別れ話を切り出してきたくせに! 何の感情もなく別れ話をしてきたあの日のこと、俺は鮮明に覚えてるぞ」
「俺は、俺と付き合っていたら壮馬の人生が駄目になってしまうと思って、」
「じゃあなんで告白した、なんですぐに別れようと思わなかった。なにもかも手遅れだったんだよ! お前のせいで俺の人生は滅茶苦茶になったんだ!」
「じゃあ、ストーカーは、復讐のために......?」
「違う、好きなんだ、お前のことが」
少しでも一緒にいたくて。
少しでも一緒にいたくて? ストーカー行為に及んだというのか? もうすでに論理の破綻しているその言葉に、俺は愕然とした。壮馬の為を思ってやったことが、決定的に壮馬の人生を狂わせる要因になってしまったのだ。
俺は、人ひとりの人生を狂わせてしまったのだ。
「別れてからの日々はそりゃあ酷いものだったよ! 俺は何をするのもやる気が出ず、失敗ばかりで会社はクビ。親には彼氏とは仲良くやっているのかと聞かれて嘘をつく日々。引っ越しをする気にもなれず、会社で働いていた時に住んでいた家賃の高い部屋に、わずかな貯金を食いつぶしながら引きこもったさ。その時、ネットで見つけた話を読んで、神からの天啓だと思ったよ! 別れる前に作ってあった合鍵の複製で部屋に入り込んで盗撮機と盗聴器を仕掛けた。それだけが心の支えだった。そうしてお前の姿を見るために後をつけた。住所も会社も知っていたから、簡単だった! ストーカーにおびえて、”壮馬と別れてなければ”そうお前が言うたびに得も言われぬ喜びで心は打ち震えた!」
「もういいだろう」
よどみなく話し続ける壮馬を、警察が止めた。言葉を遮られた壮馬が警察を睨みつける。
「もういいですか?」
こちらに向けてそう言った警察になんといえばわからず、無言で首肯した。それを見た警察がパトカーに壮馬を連行していって──パトカーにのせられる寸前、壮馬が叫んだ。
「お前が、俺の人生を狂わせたんだ!」
俺が、壮馬の人生を狂わせてしまったんだ。
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