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別れてからしばらくは普通に暮らしていたものの、週に何回かのペースで抱かれていた体には当然熱がたまるもので。熱を持て余した俺は会社の人とかと会わないように、家からも会社からも離れたゲイバー、発展場をふらふらとしていた。別れてすぐに付き合う気にもなれないし、そもそもまだ元カレのことが忘れられてない俺は、一夜だけという約束で手当たり次第にいろんな奴とやっていた。少しでも面倒なことになりそうなやつとはやらないようにして、大きなトラブルも後腐れもなくやっていた。
そんな生活をしばらくの間──一年にも満たないくらいの間──続けたある日。部屋に奇妙な感じがした。大きく部屋の物の配置がずれるようなことはないものの、どこかちょっとずれているような......。でも、彼氏と別れるときに鍵は返してもらったから、部屋の合鍵を持ってるやつはいないし、気のせいだろう。疲れてるのかな? なんて、そのくらいにしか思っていなかった。
次に感じたのは、気配だった。仕事帰り、一本道で。ずっと俺の後ろをついてくるやつがいる。俺が住んでいるのもマンションだったから、まぁ同じマンションの人なんだろうなー、と。そう思っていた。二日、三日して、少し不気味に思った。でもまぁ、マンションにだれが住んでいるかなんて把握していないし、俺の会社の近くに会社があるとか、もしかしたら同じ会社に勤務してる人とかがいるのかもしれない。定時はどこの会社も同じだろうし、俺も毎日違った時間に帰るとかではなくて、大体決まった時間に帰っていたから、時間がかち合って同じになることは珍しくない。そう思って納得していた。
本格的におかしいと感じ始めたのは一月がたったころだった。毎日──と言っていいくらい被る帰宅時間に、俺が立ち止まってもかたくなに俺よりは先に行かないその怪しさ。いくらなんでも怪しい.......というか、これはストーカーでは? そう気づいた瞬間に、感じたことのない恐怖が俺の背を走った。じゃあ、部屋が奇妙に感じたのも、もしかしたらストーカーに入られていた可能性があるということか? そう思うと怖気が走った。その日は家に帰らずにUターンして適当なホテルに泊まり、その足で朝警察に行った。
「毎日後をつけられていて.......俺が止まると後ろの人も止まるんです」
「部屋に違和感を感じることもあって......」
そう訴えたが、警察はなにもしてくれなかった。実害はないのだから当然といえば当然だ。気のせいだよ、疲れて感覚が過敏になっているんじゃない? そういわれたらそれで片づけられるレベルのことばかりなのだから。警察は一応見回りを強化する、とはいってくれたが、俺の恐怖は募るばかりだった。あぁ、こんなときに彼氏がいてくれたら──別れたことを後悔しても、後の祭りだった。覆水盆に返らず、というやつだ。俺がひっくり返してしまった水は、もう戻ってくることはない。
その次に俺の身に起こったことは、ポストへの手紙の投函だった。手書きではなく、ワープロもしくは新聞の切り抜き文字。ドラマや小説で見るものと同じで、少し笑ってしまった。これが女の子相手だったら精液を瓶に詰めていっえるとかそういうのもあったんだろうが、俺が男だからかそういうのはなかった。送り主の住所がわかりやしないかと期待を込めて見てみたが、消印すらなかった。住所が割れているのだから、ポストに直接投かんしたんだろう。この頃には若干感覚も麻痺してしまっていて、何通か手紙がたまってから警察に行った。やはり警察の返事は「見回りを強化します」というものだった。あとは、もし犯人がポストに投函しているのを見た時には捕まえる。そのあと連絡を取る必要があるから、電話番号を教えてくれ、と。
でも、前回とは違って「心当たりはないですか?」という旨も聞かれた。ないかと聞かれればある──が、答えるのはためらわれるので、無いと答えた。俺の予想だと、適当にヤったうちの誰かが勘違いしてストーカーになったんじゃないかと思う。こんなことにならないように重々気を付けていたのに、どこかでひっかけてしまったんだろう。こういうことになりやすい、初心そうなやつとはヤらないようにしたのに。まぁなってしまったものは仕方ないが。
感覚がマヒしてきているとは言え、気味が悪いのに違いはないから、警察の人に簡単な盗撮機などの見つけ方を教えてもらった。携帯のカメラモードを起動して、暗い部屋の中を見るだけだそうだ。カメラが赤外線の光を拾ってくれるらしい。コンセントや小物に仕掛けられていることが多いと言っていたから、部屋の中を余すところなく照らしてみたが、それらしいものはみつからなくて一安心だった。
あの時、別れていなければこんなことにならなかったんだろうか。ストーカー被害にあうようになってから、考えるのはこんなことばかりだった。
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