28人が本棚に入れています
本棚に追加
その青年は、何か言いたげにじっと俺の方を見ていた。
「ん?」
それに気が付き、彼と視線を合せる。彼は慌てて視線を逸らした。
全然見覚えが無い男だ。ここは病院の外来で、彼がいる所は俺の職場である中央検査科の待合いの椅子だ。
患者にしては変だな、もうとっくに外来の受付時間は終わっている。今は夕方の16時だ。
歳の頃は二十歳前後。ちょっと大人しそうで優しい眼をした青年だ。不審者には見えないけど…このご時世じゃ分からないからな。
ちょっと確認して、ヤバそうだったら警備に連絡をしなきゃ。
俺はその青年に近づく。
「あの」
「はっ!はいっっっ!!」
俺に背を向けていた彼が、弾かれたように立ち上がる。その弾みで座っていた椅子をぶっ倒した。
「あっ!す、すいません!」
「いえ、お気になさらず。それより、検査科に何か御用でしょうか?あいにく本日の受付はもう終わっておりまして」
「あ、あの…!その…!」
ん?なんだ一体、妙にオドオドし始めたぞ。
「あの…ここに、木沙省吾さんて仰る看護師さんがいると聞きまして。その…!」
顔が真っ赤だ。モジモジと手に持っていた帽子を握り潰している。
「自分です」
その彼の動きが止まる。俺は白衣の胸ポケットに固定したネームプレートを持って彼に示した。
「検査科の木沙は自分です。ここの検査科看護師副主任です。あなたは?」
言葉もなく、その青年は俺をじっと見詰めていた。なんか、驚いてような戸惑っているような様子で。
「あの…!あの、僕…」
「はい?」
「ぼ、僕、御堂冬樹と言います。突然お訪ねして、すいません…!!」
御堂って…
「えっ!?」
一拍の間の後、心当たりの情報が頭の中から凄い勢いで引っ張り出される。
御堂って、俺の実の父親の実家ー!?
目の前で、その青年はまたモジモジと帽子を握りしめ続けていた。
最初のコメントを投稿しよう!