桜の道

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 その青年は、何か言いたげにじっと俺の方を見ていた。 「ん?」  それに気が付き、彼と視線を合せる。彼は慌てて視線を逸らした。  全然見覚えが無い男だ。ここは病院の外来で、彼がいる所は俺の職場である中央検査科の待合いの椅子だ。  患者にしては変だな、もうとっくに外来の受付時間は終わっている。今は夕方の16時だ。  歳の頃は二十歳前後。ちょっと大人しそうで優しい眼をした青年だ。不審者には見えないけど…このご時世じゃ分からないからな。  ちょっと確認して、ヤバそうだったら警備に連絡をしなきゃ。  俺はその青年に近づく。 「あの」 「はっ!はいっっっ!!」  俺に背を向けていた彼が、弾かれたように立ち上がる。その弾みで座っていた椅子をぶっ倒した。 「あっ!す、すいません!」 「いえ、お気になさらず。それより、検査科に何か御用でしょうか?あいにく本日の受付はもう終わっておりまして」 「あ、あの…!その…!」  ん?なんだ一体、妙にオドオドし始めたぞ。 「あの…ここに、木沙省吾さんて仰る看護師さんがいると聞きまして。その…!」  顔が真っ赤だ。モジモジと手に持っていた帽子(キャップ)を握り潰している。 「自分です」  その彼の動きが止まる。俺は白衣の胸ポケットに固定したネームプレートを持って彼に示した。 「検査科の木沙は自分です。ここの検査科看護師副主任です。あなたは?」  言葉もなく、その青年は俺をじっと見詰めていた。なんか、驚いてような戸惑っているような様子で。 「あの…!あの、僕…」 「はい?」 「ぼ、僕、御堂冬樹と言います。突然お訪ねして、すいません…!!」  御堂って… 「えっ!?」  一拍の間の後、心当たりの情報が頭の中から凄い勢いで引っ張り出される。  御堂って、俺の実の父親の実家ー!?    目の前で、その青年はまたモジモジと帽子を握りしめ続けていた。  
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