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「親父、鯉太郎さんの連絡先教えて」
俺の問いかけに、読んでいた新聞を置き俺の顔を見る親父。
鯉太郎さんと言う人は、親父の昔からの仕事仲間で無線仲間。仕事がトラック野郎で有りながら副業弁護士というかなり変わった人だ。
俺が子供の頃から散々世話になり、可愛がってくれた子供好きな親父さんだ。
「なんだ?珍しいな」
「うん、ちょっと」
居間には俺と親父しか居なかった。
今は夕食が終わった所で静流は台所で後片付け。真琴がそれを手伝っている。もう小学生になった真琴はすっかりお姉さんだ。
「たいした事じゃないんだ、聞きたい事があって」
御堂の家のヤツがいきなり俺を訪ねて来た事は、親父に言って良いものなのか。まだちょっと判断がつかない。
「職場の友達がなんか困っててさ」
口からでまかせだがもっともらしく聞こえたろうか。
親父は自分の携帯を見てくれた、すぐに鯉太郎さんの番号を見つけてくれる。その番号を自分の携帯に打ち込み、そのまま鯉太郎さんの名前で登録した。
「サンキュ」
俺は立ち上がり2階の部屋に向かう。寝室に入り、鯉太郎さんに電話を掛けた。
数回の呼び出しの後すぐ繋がり、聞き覚えのある鯉太郎さんの声が聞こえる。
「もしもし、鯉太郎さんですか?ご無沙汰してます、木沙真治の息子の省吾です。今、お電話大丈夫でしょうか?」
『おー!省吾かぁ!!久しぶりやなぁ、嫁さんと子供は元気か?俺は今、阪和道の岸和田SAだよ』
電話の向こうの鯉太郎さんは、相変わらずの元気な声だ。確か親父と殆ど変わらない年齢だったはずだが。趣味がカラオケの鯉さんは本当に声が若い。
「はい、おかげさまで家族は皆元気です。あの鯉さん、ちょっとお聞きしたいことがあって」
『ん?どした?』
「あの…御堂冬樹ってご存知でしょうか。今日、本人に会ったんですが、鯉さんの事を知ってて」
『うん、知っとるよ。省吾の弟』
はぁ?なんか今、サラッと大変な事を言わなかったか?
『そうかぁ、省吾に会いに行ったんか。そろそろだと思ってたんよ。大学を卒業したら、お前に会いたいってずっと言っとったから』
「え…?」
どういう事だ?何か事情があるのか?
『なんか話したか?』
「いえ、仕事中だったんで。明日の夜に日を改めて会うことにしたんですが」
『あの子は良い子や、それは俺が保証する。省吾よ、会ったらしっかり話を聞いてやってくれな』
「はぁ…」
あまりに急な事で、どうにも頭が働かないのだが。
鯉太郎さんとの電話を切った後、俺はベッドに腰掛けぼんやりとその事を考えた。
御堂冬樹というあの青年は、緊張していたのだろうか耳まで真っ赤にして、一生懸命自分の名を名乗っていた。
あの青年が鯉太郎さんの言うとおり俺の弟だとしたら、あれだよな。
俺の母親に自分の父親を殺されている。
俺は実の父親に対しては、本当になんの憐憫の情もなくて。
それどころか、事件の全ては元々あの父親が原因だとさえ思っている。あんたさえちゃんとしていれば、あの時誰も不幸な目に遭わなかったのにと。
それは自分が一人の子供の親となった今、余計にそう思う。
「あ、パパ、ここにいた!」
突然寝室のドアが空き、真琴が部屋に入ってくる。
「せっかくのお茶が冷めちゃうよ。今日のはマコが淹れたんだから、早く!」
俺の命より大事な愛娘が、俺の手を握って立たせようとする。その温もりが本当に愛しくて。
「マコ」
その手を引き、思わず真琴を抱きしめた。そのまま抱き上げ部屋を出る。
本当に大分重くなったな。成長するに連れて、その愛しさが倍掛け以上に大きくなる俺の大事な真琴。
「あら」
俺に抱き上げられたまま、階段を降りて来た真琴を見て静流が笑う。親父も笑ってる。
「パパ、下ろして」
真琴はさっさと親父の膝に乗ってしまった。その真琴を本当に愛しそうに抱きしめる親父だ。
「一番はじぃじ!」
ん?
「二番目はママ!パパは三番目〜!!」
あ、真琴の大好きな人ランキングだ。相変わらず俺の順位は地を張っている。
それでもいい。
今、この空間が、俺の何よりも愛しい大事な場所なのだ。
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