28人が本棚に入れています
本棚に追加
「え…と」
いきなりな彼の登場に毒気を抜かれてしまった俺は、大荷物の彼をそのまま放っておくわけに行かずとりあえず自分の車に乗せて親友がやっているダイニングバーに連れてきた。
まだ開店前だったが、電話で事情を話すと店を開けて待っていてくれた。
店主のタキは中学からの付き合いで、少々の事では表情を動かさないクールな男なのだが。
巨大なピンク色のファンシー熊をタスキ掛けで背負った冬樹は結構ツボだったらしい。ヤツの「いらっしゃい」の語尾がかなり揺れていた。
「す、すいません、なんか大荷物になっちゃってて」
「ああ」
めったに陣取らない奥の広めのボックス席に座らせてもらった。ピンク大熊は冬樹の背中から降ろされ、それでもゆうに二人分の座席を占領していた。
さて、どこから突っ込んだものだろうか。
ピンク大熊がインパクト大過ぎて次の言葉が出て来ない。
「省吾、なんにするんだ?」
タキが二人分のグラスと、水の入ったポットを目の前に置いてくれる。
「何か適当に腹の足しになるヤツ頼むわ。車だから呑めないし。え…と、君はどうする?」
「あ…省吾さん、呑まないんですか」
なぜか目に見えてがっかりとしている冬樹。なんだ?
「あの、省吾さんと同じ物でお願いします」
了解とタキがカウンターへと引っ込む。ここは身内のひいき目を抜いても、酒も料理もかなり美味い。全部タキに任せておけば安心だ。
「ここは省吾さんの行きつけのお店ですか?素敵なお店ですね」
タキの人柄そのものを物語るような落ち着いた内装のこの店は、俺たち仲間にも大事な場所だ。仕事帰りにも良く立ち寄る。
「うん、マスターが俺のガキの頃からの仲間でね。落ち着けるんだ」
「そうですか」
冬樹はなぜかとても嬉しそうな顔で店を見回していた。
「それで…何か俺に用事があったのかな、御堂…冬樹くん」
そろそろ聞かないとな。彼がここに…俺の目の前にいる理由を。
今更の恨み言とか、そういうのはごめんだけど。
「あの…境川さんに何かお聞きでしょうか?」
改めて前を見た冬樹と眼が合う。鯉太郎さんは確かに俺の弟だと言っていたが。
綺麗な眼をしていた。大学を卒業したばかりと聞いたが、それじゃ22才位かな。その幼さの残る顔はそれよりもっと若く見えるけど。
俺と似た所はあるのかな、俺は母親似らしいのだが。
「弟だと聞いたよ」
そういう話を知らなかった訳じゃない。自分が10才頃に、それで御堂の家と揉めていた経緯があったのは覚えていたから。
けど、まさかその当人がこうしていきなり俺の目の前に現れるのは意外だったけど。
「それでも来てくれたんですね。ありがとうございます。あの…僕が」
うん?
「僕が逢いたかったんです。省吾…兄さんに」
初めて会った時と同じ様に、顔を真っ赤にした冬樹が俯いてそう呟いた。
最初のコメントを投稿しよう!