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冬樹が自分に俺という兄がいると聞いたのは、鯉太郎さんの話からだったという。
鯉太郎さんは冬樹親子と出会ったあの御堂家お家騒動の事件から、必ず半年に一度は冬樹に会いに来てくれたという。それは冬樹が、大学を卒業するこの歳になっても変わらずに続いていた。
鯉太郎さんは、今では自分の父親代わりのようなものだと。
金にもならんのに相変わらずすごいアフターサービスの鯉太郎さん…いや、これは鯉さんの元々の人柄か。
「自分に兄さんがいると聞いた時には本当に嬉しくて、すぐにでも会いたかった」
それが冬樹10歳の時。けれど、その時は会いに行くのを母親に止められたという。
「お前がもう少し大きくなってからね」
どうして会いに行ってはいけないのか、その時はよく分からなかったけれど。
一度、冬樹をとても可愛がってくれる祖母にそれを聞いたら、祖母はとても不機嫌になって部屋に引き籠ってしまったという。それ以来、俺の話は御堂家では周知のタブーとなったと。
それは当たり前だろうな。なんせ俺はその祖母にとって、自分の息子を殺した女の子供だ。人殺しの子供と呼ばれた事もある。
溺愛している孫に、絶対会わせたくない人物に決まっている。
「高校生の頃に事件の事を知りました。18の誕生日の翌日に母が話してくれたんです。お前には知る権利があるからと」
冬樹のおふくろさんが…?
「お前と省吾さんは紛れもなく本当の兄弟だから、この事実を知って、それでもお兄さんに会いたいと思うならそれはお前の責任で行いなさい。ただお前が御堂の名を名乗る以上、省吾さんがお前を拒否しても仕方ない。その時はお前が努力しなさいと言われました。だから、今こうして兄さんに会ってもらえて本当に嬉しくて」
冬樹は涙ぐんでいた。そこまでして、どうして俺に会いたかったのだろうか。
自分の出生が、親たちの人生にとんでもない影響を与えてしまった俺たちなのに。
「だから大学を卒業するまで待っていました。せめて自分が独り立ちするタイミングで兄さんに逢いたくて。驚かせてすいませんでした」
冬樹が、深々と頭を下げている。
「ーーーあのさ」
「はい」
「なんで俺に会いたかったんだ?俺の母親が君の父親を殺したのはもう知っているんだよな」
厳密には、俺の遺伝子上の父親でもあるけれど。
「すいません」
「いや違うだろ、謝んな」
頭を下げさせたくはない、冬樹は何も悪くない。
ただ…なんだろう。弟が兄に逢いたくて、こうして会いに来てくれて。
さっきから湧き上がるこの妙な気持ちはなんなんだろうか。
「子供の頃は、本当にただ会いたかったんです。ずっと一人っ子だったから、ただ会って、本当にいっぱい遊んでもらいたかっただけですね」
「うん」
「成長してからは壁にぶち当たるような事があると、こういう時に兄さんがいたらどう答えてくれたかな、とか。居もしない兄さんに色々勝手に相談してたり」
「うん…」
「事件を知ってからは、独り残された幼い兄さんがどんなに辛かったのか…そんな事考えてしまって。あの頃はいつも兄さんのことばかり考えていました」
俺のことばかり…
「けど、その頃来てくれた境川さんに兄さんを育ててくれたお父さんの事を色々聞いて。本当に良かったなぁって…今は結婚して、幸せに暮らしてるのも聞いて。余計に逢いたくてなりました」
冬樹…お前、そのまま俺を無視して生きて行っても良かったのに。
幸せになった俺だから、余計に逢いたくなったって言うのかよ…
なんだよ、こいつ…自分だって父親がいなくて寂しい事もあっただろうに。俺の事ばかりこんなに…
「おまちどうさん」
タキがパスタや肉料理などを運んできた。今の話はきっと聞こえていたよな。まだ店が開店してないから他に客もいないし。
料理と一緒にウイスキーのボトルが運ばれて来た。俺、頼んでないよな?しかもこれ、ニッカの余市…高級品だ。
「奢りだ、お前と弟に。車はここに置いていけ」
ショットグラスが2つ。タキに弟と言われた冬樹が感極まって泣きそうだ。
「あ、ありがとうございます!」
立ち上がって深々と腰を折る。タキが片手を上げて笑った。
「冬樹、お前酒飲めるのか?無理すんなよ。水割りにしてやるか?」
わざと呼び捨てにしてみた。冬樹がまた泣きそうな顔で笑った。
「大丈夫です!僕、本当は兄さんと飲んでみたくて。凄く嬉しいです!!」
馬鹿野郎、俺の方が泣きそうだっての。
ああ分かった、この気持ちの正体。
【可愛い】だ。
俺、昨日初めて逢ったばかりのこの弟を、可愛いと思っているんだ。
どういう理屈なのか分からないこの感情が、なんか 、凄く苦しくて...嬉しい。
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