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(けい)ちゃん、ちょっとスマホは置いとこうか」  西澤(にしざわ)は、小さめのダイニングテーブルで椅子に浅く腰掛け、くつろいだ姿勢で携帯をいじっている啓子の前に、ブラックコーヒーのなみなみと入ったマグカップを置きながら言った。  啓子がひとり暮らしをしているマンションの部屋に、西澤が文字どおり転がり込んでちょうど3週間。妻が出ていった分譲マンションを5年前に売却し、ひとりで移り住んでいたワンルームに何度か戻って、郵便物をチェックしたり身のまわりの品をこちらに運び込んだりしてはいたが、その間、そこで寝泊まりすることはなかった。  妻がその住処(すみか)を正式に、つまり、もう戻りません、と宣言して出ていったのは6年前だが、彼女はそれ以前の数年間も自宅にはほとんど不在だった。東京のどこかの友人宅と実家を行ったり来たりしていたのだと西澤は思っている。どのような比率だったのかまではわからないが、まずそれで間違いないだろう。  もう、このもやもやも限界だ、今日こそ俺の疑問を解く、と決意して啓子に声をかけた。  ふたりとも休日の日曜日のブランチのあと。タイミングとしては絶好だと思った。  西澤もミルクを少しだけ入れたコーヒーのマグカップを手に、啓子の正面に座った。  啓子は少々あらたまった西澤の言い方に違和感を覚えたのか、訝しげな目をあげ、見ていたページをそのままにスマートフォンをテーブルに置いた。妻との正式な離婚云々の話だと思ったのかもしれない。 「何、つーちゃん」  これだ、と西澤は思う。このアクセントも疑惑のひとつだ。  お互いを『啓ちゃん』『つーちゃん』と呼び合うことにも慣れてきた。どちらも40を過ぎて『ちゃん』づけもないかとも思うが、若い頃は呼び捨てにして大人を気取り、年齢を重ねればかわいらしい愛称で開き直る。そのあたりが真実ではないかと、西澤は思っている。
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