お節介

3/5
前へ
/40ページ
次へ
「一条さん。歳は?」 「ユリでいいです。31です。」 「そうか。ユリちゃんは31か。若くていいな。」 山本と名乗った男性は、どうやら自分のことをユリちゃんと呼ぶことに決めたらしい。子供じゃないのに。と多少嬉しい感じもしながらユリは山本について行った。そして、一緒に歩き始めてすぐに気になったことを聞いてみた。 「足、悪いんですか。引きずって歩いてますね。」 「あぁ、これな。俺は最近まで大工だったんだ。だけど夏にうっかり高いとこから落ちちまってな。今流行の熱中症ってやつか。ちょっとふらつくなと思ったら、どしんと落ちちまってさ。暑さにやられて俺の大工人生は終了したのさ。」 ずいぶん明るい口調で話す山本に、どう反応していいかわからなかったが、ともかく何か相槌を打たなくてはと思いながら 「そうだったんですか。だからお仕事を探してるんですね。」 と答えた。 「まあな。最初は何か仕事がないかと思って通い始めたんだけどよ。 今はハローワークに行くのが趣味みたいになっちまってるな。」 「趣味?」 訳が分からずに呟いたユリの三歩先で 「さ、ここだ。」 と山本は嬉しそうに古い喫茶店の前で立ち止まった。 何とも昭和チックな喫茶店だった。 週末の午前中に放映されている地元の情報番組で、何度か見たことがある。 何度もペンキを塗り直したのであろう木でできたドアを開けると、聴き慣れない洋楽が流れている。 色あせた黒のエプロンをつけた店員が出てきて、忙しそうに、しかし愛想よく 二人を席に通してくれた。 温かい。 それだけでゆりはホッとすることができた。 「俺はコーヒーだな。あとチーズケーキ。  ゆりちゃんも好きなもの頼みな。」 さらりと山本が言う。 「チーズケーキ。私もそれにしようかな。あと、温かいアールグレイ。  あ、それから自分の分は自分でちゃんと払いますから。」 この人も失業中なんだ、ということを考えながらハッキリと伝えた。 でも山本は 「何言ってるんだよ。遠慮してんのか?俺だってちゃんと蓄えはあるんだ。 チーズケーキ二切れ分くらい払ったからって、ちっとも困ることはないさ。」 と笑いながら言った。今まで、仕事中に思うさま太陽の光を受けて来たのであろう目尻のシワが、渋いとユリは思った。 「えっと、じゃあご馳走になります。」 ユリは素直に答えた。 なぜだろう。なぜこの人はこんなに自然で、私も居心地がいいんだろう。 家族とも、恋人とも、友人とも違う空気感に、ユリは不思議な気持ちを抱いていた。 店内で流れてBGMが、ビリージョエルのHonestyに変わっていた。 外と室内の気温差のせいで、窓は白く曇っている。 コーヒーの豆を引いた香りが、鼻の下を流れた。
/40ページ

最初のコメントを投稿しよう!

11人が本棚に入れています
本棚に追加